子供より親が大事、と思いたい。
こんな出だしで始まる物語は、
太宰を思わせる作家“私”が主人公の短編だ。
まだ幼い三人の子どもとその両親が囲む食卓で母親は一人大忙し。
一歳の次女におっぱいを含ませながら、
お父さんと長女と長男のお給仕をし、
子どもたちのこぼしたものをふくやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、
おまけにお父さんの軽口にまでつきあわなくてはならない。
お父さんは軽口をいったつもりが
お母さんの返答に思いっきり気まずくなって
結局、仕事を口実に家から逃げ出て飲みに行ってしまう。
まずはここで、多くの読者が怒りを爆発させる。
だが、ちょっと待って欲しい。
今でこそ、本が好き!レビュアーの某Yさんのように、
お母さんが3人目の子どもさんを出産された折には
育児休暇を取って上ふたりのお子さんの3度の食事の面倒もみるという
イクメンパパもいるだろうが、
ひと昔前までのお父さんは
朝から晩まで仕事に出かけていて夕食時もいなくて当たり前、
家事も育児も全部妻任せで当然!
家に帰っても落ち着いて酒も飲めやしないと
帰りにいっぱいひっかける……
という風潮だったのではなかったか。
“私”はなまじ作家という自由業であるが為に家にいるため、
どうしようもない姿をさらすことになるのだが、
自分が父としても夫としても全くどうしようもない輩であることを
自覚している分だけまだましだといえないだろうか?
4才になる長男は、やせこけていて、まだ立てない。
言葉はアアとかダアとかいうきりでひと言も話せず、
人の言葉を聞き分けることもできない。
はって歩いていて、うんこもおしっこも教えない。
父も母もこの長男について深く話し合うことを避ける。
子どもがなんらかの障害を持っているのではないか、
あるいはそれは父親の病のせいか、はたまた悪行のせいなのか、
ひと言でも口に出してふたりで肯定し合うのが恐ろしいのだ。
そんなわけで母は時々、この子を固く抱きしめる。
父はしばしば発作的に、この子を抱いて川に飛び込み死んでしまいたく思う。
ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら。
この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り嘲笑するようになってくれたら。
成長の遅れであることを願う親の気持ちは、
障害の事実を受け止められない“障害の否認”だ。
もしも障害の診断と告知があり、適切なアドバイスがあれば、
夫婦そろって否認の段階を乗り越えることができるかもしれないが、
当時はまだ“療育”という言葉も知られていなかったであろうし、
様々な段階で子育てを支援する社会的システムもなかったことだろう。
これは小説であるからして、=太宰の私生活ではないが、
太宰の娘である作家津島佑子の書いたものを読むと
太宰の長男もダウン症で知的障害や行動障害があったようだ。
太宰は最後まで正確な診断を知らなかったかもしれないが、
そんな家庭の内輪のあれこれ、
夫婦の悩みごと、子どものことさえも、小説のネタにしてしまう自分のこと、
子どもより親が大事
家庭より小説が大事
そう言い聞かせるかのように呟きながら
そう割り切れなかったからこそ苦悩したのではなかろうか。
そう割り切れなかったからこそ小説の中の“私”は
好物の桜桃が美味しくなかったのだ。
冒頭に添えられた詩編121の一節は
「わたしの助けはどこから来るのか。」と続く。
『桜桃』の主人公に助けの手はさしのべられたのだろうか。
太宰にはその助けが間に合わなかったことを
私たち読者は知っている。
だが15歳で早世したという彼の息子は
彼の作品の中で両親の愛情を受けた子として、
妹・津島佑子の作品の中で
自分に多大な影響を与えた愛する兄として
これからも生き続けていくに違いない。
(2015.6.9 本が好き!投稿 一部改稿)