『低地』から9年を経て、久々にラヒリが英語で書いた。
しかも小説ではなく、翻訳に関するエッセイ集のようなものだという。
エッセイというならイタリア語で執筆された『べつの言葉で』のような感じの物かな…と思いながら手に取ってみて驚いた。
なんと言えば良いのかな。これは……。
説明するのはなかなか難しそうなので、興味を持たれた方はまず、出版社のHPで目次や序文の冒頭を読んでみてほしい。
ラヒリ自らイタリア語から英語への翻訳を手がけたドメニコ・スタルノーネの作品に寄せた序文やあとがきに加え、イタリア語で執筆した自分の作品を自ら英訳する過程で見えてきたものなど、翻訳をめぐるあれこれが詰まったこの本は、書くこと、訳すること、そして読み解くことについてあれこれと考えさせられる1冊だ。
ベンガル人の両親の元、ロンドンで生まれ、アメリカで育ち、英語で執筆してきたラヒリが、イタリア語に見いだしたもの。
イタリア語で書くということ。
ドアというものには二重性があって、相反する役割を持っている。つまり障壁にもなるが、また入口にもなる。どのドアも先へ進みなさいと言っている。一つ抜けるたびに、新しい発見があり、挑戦があり、可能性がある。(p24)
と、ラヒリは言う。
さらに一歩進んで、他の作家がイタリア語で書いた小説を英語に翻訳することに挑戦し、見えてきたもの。
翻訳は原文への外科手術であって、外国語のDNAにこだわりつつ、別系統の文法・構文の移植を必須とする。テキストの結合によって成り立つことは疑いようがない。一方が他方に由来するのだから、たとえ別物になっても縁は切れない。翻訳は複製と転換の行為である。その結果として生じる変容はあやういものだ。その最終形にいたっても、なお議論の余地はあるだろう。(p57)
そして迷い戸惑いながら、先人たちに想いをはせる。
たとえばペケットの場合、自作をフランス語から英語に訳す際はっきりと変更を加え、ブロツキーもロシア語の詩にかなりの改変を施して英訳した。
他方ウィルコックはイタリア語で書いた作品を自ら“忠実”を心がけてスペイン語に訳した。
スペイン語と英語のバイリンガルのボルヘスは、自作の英訳は他者に託し、イタリア語を母語としながらポルトガル語で執筆したタブッキもまた自作の翻訳は手がけなかった。
自作を訳す作家はどのあたりから訳すから書き直すになるのか、と自問しながら、ラヒリは自らイタリア語で執筆した作品の英語への翻訳を試みる。
そうしてその先にあったものは……。
自分と同世代の作家が、次々と新しい扉を開けて、挑戦を続けている姿に感銘を受け、次はどんな作品を生み出してくるのかと、期待に胸を膨らませながら本を閉じた。