以下の内容はhttps://hatekamome.hatenablog.com/entry/2024/10/21/064210より取得しました。


『見知らぬ日本 (境界の文学)』

 

しばらく前に読んだ ドゥブラヴカ・ウグレシッチの 『きつね』中で、100年前に日本を訪れたソ連の作家ポリス・ピリニャークに関する記述がとても興味深かったので、ピリニャークの作品を何か読んでみようかと探していたら、ピリニャークより少し後に、日本を訪れた作家の紀行文をひとり出版社「共和国」が出版していることを知り読んでみた。

この本の著者、グリゴーリー・ガウズネル(1906-1934)は、モルドヴァ共和国キシナウ生まれ。モスクワのブリューソフ文学芸術大学を卒業後、構成主義文学センターに参加し、国立メイエルホリド劇場演出部に所属した作家、詩人であるという。

1927年、ロシア革命からちょうど10年を経た年、20歳のガウズネル青年は、初めて日本を訪れた。
日本の演劇の調査を目的とした国立メイエルホリド劇場演出部からの派遣員、そして『ナーシャ・ガゼータ(我らの新聞)』の特派員という立場だった。
半年間、東京、箱根、名古屋、京都、奈良…と旅をしながら、日本人作家や演劇人たちと密度の濃い交流をする。

 僕はその短編小説の力強さに驚いた。小説では日本の民族的な優美さと表現主義者の激しさが結合していた。それと同時に、モーパッサンやバーベリを思い起こさせもする。一言で言えば、短編小説の良さがすべてあった。複雑な事物を組み立てる素朴な巧みさは民話のそれで、作者が求める明快で簡潔な記述は若い階級の文学独特の語り口を思い出させた。(p88)



ガウズネルがこんな風に評しつつ紹介するのは、葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』。

ガウズネルは葉山と二度ほど対面しているのだが、その時の描写も非常に興味深かった。

人にも風土にも興味津々の若き好奇心と、20歳とは思えない洞察力。

訳注や解説も充実していて、演劇や文学や思想といった観点から日本の近代史を改めて学んでみたくなる一冊でもあった。

 




以上の内容はhttps://hatekamome.hatenablog.com/entry/2024/10/21/064210より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14