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『服装で楽しむ源氏物語』

 

空蝉の「小袿」とはどんなもの?
あれを勝手に持ち帰り、匂いをかぎながら抱きしめて寝てしまう源氏の君に、ひいた読者もいると思うが、そもそもああした行為の意味は?

夕顔が源氏の君を元彼と間違えたその理由は?

「初音」の帖の衣配りで紫の上が明石の上に嫉妬した理由とは?

「きぬのおと」「きぬのおとなひ」「御衣のけはひ」…衣なりの音が伝えるものは?

……等々、『源氏物語』を「服装」という視点から読み解いてみようというコンセプトで書かれた本。

女性の衣裳だけでなく、男性の装束についても、イラスト付きで解説する。

皇子のきものの世話は、母親か、母親の実家が行うのが普通だが、光君の場合は、幼い頃に母も祖母も亡くしているため、父帝が宮中の御匣殿に命じて準備していたことだろう。
十二歳で四歳年上の葵の上と結婚した後は葵の上が、実質は葵の上の母親である左大臣の奥方、大君が面倒をみたはずとの指摘に、確かにね、葵の上が亡くなった後も、源氏の君の衣裳を用意していたっけね、と合点する。

ちなみに、藤原道長の正妻は、源雅信の娘倫子であるが、その母の穆子は道長が位人臣を極めても、季節季節の装束の世話を怠らず、道長を恐縮させたという……といった、虚実まざったこぼれ話もそこここに。


十二単は一枚ずつ羽織るのではなく、何枚も重ねてあるものをところどころ綴じ付けて着崩れない対策をして、紐を一本も使わずに裳の小腰でまとめるという重ね着コーディネート。
脱いだ後も重ねたままに吊り下げたのだという。

紐を一本も使っていないので、裾を引っ張れば袿も単もそろって簡単にするりと脱げて玉のような肌があらわになってしまうという、ある意味恐ろしい代物だったらしい。男性がそのような強硬手段にでたとしても、女性は緋袴をはいているはずなので、袴の紐を解くことなしに受け入れることはできず、紐を解くことを許す気持ちが無ければ、ことにはおよべないはずだ……と著者はいうのだが、どうなんだろう?
肌が露わになった状態で抵抗して、誰かが駆けつけたりしたら……ものすごい醜聞になって、お互い無傷ではいられなさそうな気もするのだけれど……ね。
(※もちろん、これは、例のあのシーンについての言及だ!)


Kindle Unlimitedにあったので、さらっとながすつもりで読み始めたのだが、思いのほか面白かった。




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