以前読んだ『愛する源氏物語』が、すごく良かったので、『伊勢物語』を通読することができたら、絶対読もうと決めていた本。
川上弘美訳と新日本古典文学大系の『伊勢物語』を読み終えて、この度ようやく手に取ることが出来た。
現代語訳だけでなく、著者が読み取ったこと、連想したこと、自分の場合は、自分なら…と、『伊勢物語』にまつわる読み応えのあるエッセイが37本。
共感したり、驚いたり、腹を立てたり、切なくなったり……時々本家『伊勢物語』に戻ったりもしながら楽しんだ。
以下は、川上弘美訳と新日本古典文学大系のレビューでも取り上げた<百十八段>について書かれた「せつない話」からの抜粋だ。
随分長いあいだ音信不通だった男から、久しぶりに手紙が届いた。とりあえずは、ご無沙汰を詫びるかと思いきや、いきなり、
「忘るる心もなし。まゐりこむ」である。すなわち「あなたを忘れる心なんて、これっぽっちもありませんでした。ずーと思い続けていました。今からそちらへ、伺います」と言うのだ。
あまりの調子のよさに、女はさすがにムッとした。どうせ都合のいいときだけ思い出しているくせに……。
まあ、通い婚というのは、本来そういうところがある。男はまさに、都合のいいときだけ通うのだ。
玉葛はふ木あまたになりぬれば絶えぬこころのうれしげもなし
つる草が、たくさん木に這いまつわるような状態ですので、その木のなかの一本である私としては、絶えないというお心も、ちっとも嬉しくはありませんわ……。
つる草は、もちろん男の心をさしている。あなたの浮気心ときたら、まるでつる草があっちの木、こっちの木と這いまつわるようなものじゃありませんか。百歩譲って、私を忘れていなかったという言葉を信じたとしても、他の人のことも同時にずっと忘れていなかったということでしょう?
という具合である。
そんな女心を「かわいげがない」と思うのかそれとも……。
落としどころをこういう風にもってくるのはやはり、俵万智さんだなあ!と思わせるしめ方に思わずうなった。