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『ブルターニュの歌』

 

1940年生まれの著者が、80歳を目前にして執筆したという本書には、幼少期の思い出を綴った自伝的エッセイ2篇が収録されている。

毎年夏の間の数ヶ月を家族で過ごした思い出の地ブルターニュ
ページの間から立ち上る潮の匂い、喧噪、人々の声……。
だが表題作『ブルターニュの歌』に描かれているのは、時系列に並べられたエピソードではない。
告白や追憶文集としてではなく、少々強情で単調なブルターニュの歌のようなものとして、歌うたう岩が嵐のさなかでつぶやいていた歌、あるいは、想像するに、かつてわが先祖たちが夜祭りの熱気のなか、ビニウとボンバルドのかん高い響きに合わせて、足で地面を踏み鳴らしながら繰り返し歌った歌、そして風が運び去った歌のようなものとして(p116)語られるのは、郷愁だけではなく、今なお途絶えることのないかの地への愛の賛歌でもある。


2作目の『子どもと戦争』では、『ブルターニュの歌』よりもさらに時を遡って、ドイツ軍占領下の南仏山中の村に、母と祖父母と兄とともに身を潜めて生き延びた、幼児期の戦争体験が語られる。

戦時中に生を享けるということ、それは意に反して、知らず知らずのうちに証人になることだ。近くにいながら遠い証人、無関心なのではなく一羽の鳥や一本の木のように異質な証人に。その場にいて、たしかにそれを生きた。しかしそれが意味をもつのはひとえに、後年(遅すぎるほど後に?)他人から教わったことを通じてだ。(p176)

ここに描き出される戦争には、もちろん、後年他人から教わったあれこれが含まれているが、底知れぬ空腹をはじめ、断片的に、けれども繰り返し語られる「記憶」が、より鮮明に戦争の悲惨さを告発し、今なお世界のあちこちに、恐怖と飢えに苦しんでいる幼い子どもたちがいることを読み手に思い起こさせもする。




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