市民、俺です、長谷サンです。 君の瞳に馳せ参ず〜(笑)。
はははははは、は?ha?笑うな。決して笑うな。俺たち、どこまで行けばゴールなんだ?
さて、もう3回目になる俺の家族、最後は俺の長谷家について話したいね。カモン市民!
2はこちら
長谷家
構成メンバーはこんな感じよ!
父親
ヤクザレベルでファミリー至上主義なオトン。ともき。
酔っ払ってリビングのガラス扉を頭で突き破りリビングに入室。頭から出る血を2台のドライヤーで乾かし続けていた姿から「ダブルドライヤーともき」の愛称で親しませる。
母親
育ちの良さと顔の可愛らしさで全てがなんとかなっている、腹黒小悪魔おてんば美人。ファミリーのことが大好きで、全員が揃っていない日は寂しさからその場にいない家族のオリジナルソングを作り、歌う。
腹が減ると道で倒れる。オトンはオカンを飢えさせないため日々必死。
弟
よく2人で飲みに行ったりお買い物にいく俺と仲良しすぎる弟。今は東京に住んでおり2ヶ月に一回くらい会うと取り急ぎ早口で近況報告をしながら酒を飲み、朝4時まで話している。
数字の4を形が変すぎるという理由でめちゃくちゃ嫌っており、「せめて俺たちだけでも"五ノ前"(ごのまえ)と呼ぼう」と姉に提案。
俺たちは弟と俺が家を出るまでの22年間、一つ屋根の下この4人で魂をドンドコ掻き鳴らしてたわけ。
毎晩リビングで酒を飲んで、日付を超えたらテレタビーズみたいに蜘蛛の子散らして自室のお布団に潜り、ゴイゴイ寝とった。
家族の酒代が洒落にならんと嘆きながらも、1秒も禁酒せずに毎晩晩酌しとったよ。
自分の家族の話書くの難しい
俺の家族はとってもファニーで最高なんやけど、家族のおもろい話とかは完全なる内輪ノリで市民に言ってもこれ、ピンとこんわけ。
俺の家族がテレビのリモコンを「チャンネルチェンジャー」っていうから俺はそれが当たり前やと思ってて、修学旅行の日に友達に「チャンチェンどこ?いや中国人とかやなくて笑。あははは、いや笑うな。チャンネルチェンジャーどこって言ってんの!!」ってブチギレした話とか、長谷家でしかウケんってこと。わかるね?
やからなんかもうここでなんて書いてええかわからんけど、家族に対する溢れんばかりの思い、抱いとるよ。
そんな家族に、そして皆んなに結婚式で読んだ手紙があるってわけ。
これはかなり内輪ノリな部分を省いて、かつ第三者にも俺の家族への想い、魂〜souru〜っての?伝わるようにビシッと文章練り上げてるから、
ここで紹介させてもらいたいね!
長谷家と市民へ
父さん、母さん、弟、並びにお世話になった方々へ
父さん、母さん、29年間、楽しく子育てをしてくれて、本当にありがとう。
大勢の方々に祝福されて、今日を迎えることができたのは、2人のおかげです。
オトンは家族思いで、私と弟に中高6年間、合計9年間もお弁当を作ってくれたり、オカンが空腹にならないようにいつも先んじてご飯を用意する姿は、一家の大黒柱そのものだと感じています。
役に立たない知識でもなんでも広く知ろうとするオトンの話は、いつも面白くて、酒を飲みながら最近の学びを交換し合う時間が大好きです。面白いものにすぐ反応する姿勢は、私にとってすごく刺激になっています。
それから、オトンは「揉め事が大好きだから、揉め事が起こりそうだったり、誰かと揉めたくなったら俺も呼んで」とよく言っていて、おかげで家族に何でも気軽に相談できる空気ができていました。そうやって自然に寄り添ってくれるのも、オトンの優しさなんだなと感じています。いつもありがとう、これからも頼りにしています。お酒ではしゃぎすぎて怪我をしないようにだけ気をつけてください。


オカンはいつも家族に深い愛情を持って接してくれました。家族が快適に過ごせるように考え、みんなの好みを把握し、喜んでもらえるように細やかに気を配ってくれていました。
とにかく、子どもたちが幸せでいられるか、自由に楽しく生きられるかを第一に考え、親としてできることはすべてしようと真剣に向き合ってくれていました。
また、ワードセンスも卓越しており、寝る前に風呂に入ることを「ネルマエロマエ」と表現したことには驚かされました。風呂という単語を一切使わずに、寝る前の入浴を的確に伝える巧みな言い回しに感服し、一生敵わないなと思わされました。

弟は小さい頃、何でも姉ちゃんと一緒にやりたがり、姉ちゃんが小学校に行くときには「僕も小学校に行く」と言って泣いていました。いつも姉ちゃんの後ろをついてきていた弟が、いつの間にか大人になり、自分のやりたいことに真っ直ぐ向かっている姿は、少し寂しいけれど、それ以上に誇らしく、心から尊敬しています。
小さい頃の弟を喜ばせたくて、姉ちゃんはたくさんの遊びを考え、一緒に2人の世界で夢中になって遊びました。そんな弟が、今では世界中の人々が楽しむゲームを作っているなんて、感無量です。
言動や表に出るものは違っても、どこか芯の部分で弟とは通じ合っているような気がしています。離れていても、不思議と繋がっているような、分かり合えているような、そんな安心感を与えてくれる大切な存在です。
弟は、姉ちゃんの人生に計り知れない彩りを与えてくれました。弟と一緒にこの家に生まれ、共に育ってこられたことは、間違いなく姉ちゃんの人生最大の幸運です。姉ちゃんを弟の姉にしてくれて、本当にありがとう。
そして改めて、両親にはたくさんの感謝でいっぱいですが、姉弟を仲良く育ててくれたことに、何よりも感謝しています。家族が大好きだと思わせてくれる、そんな家族でいてくれて、みんな本当にありがとう。

そして、私は家族だけでなく、たくさんの人のおかげで今日まで生きてきました。
京都のじっちゃんには赤ちゃんの頃にお風呂に入れてもらい、大きなお腹の上に乗せてもらいながら湯船に浸かっていました。ばっちゃんとは、家で間違い探しをしたり、一緒にお絵描きを楽しんだりしました。
小浜のばあちゃんは、いつもちょけて私を笑わせてくれました。父方・母方どちらのいとこたちにも、山ほど遊んでもらいました。親戚のみんなから、愛することや愛されることを自然と教えてもらったように思います。
社会に出てからは、はてなの皆が社会の常識や仕事の仕方、さまざまなことを教えてくれました。特に murata_s先輩 がいなかったら、私はWebデザイナーとして生きていくことはできなかったかもしれません。本当に感謝しています。
ここにいる皆様のおかげで、私はこんなにも素敵な人間に育つことができました。皆様の支えがあったからこそ私という存在はこれほどまでに豊かに、素晴らしくなりました。今の私を築く支えとなったことを、どうか、皆様誇りに思っていただけたら嬉しいです。
そして、皆様に誇りに思ってもらえるよう、宮﨑さんとこれからも、誠実に、素直に、陽気に、生きていこうと思います。どうかこれからも、今までと変わらず温かく見守っていただければ幸いです。
末永くよろしくお願いします。



結婚式の思い出
写真を見てお気づきやと思うけど俺の実家は寺。そう、ジャパニーズスタイル。
皆んながチャペル?ってのでウエディングドレス着たり歌ったり指輪交換しとる中、俺は白無垢着てお経あげて念珠交換してたよ。ハハ。
↓かわいい俺

俺が披露宴で心に残っとんのは弟のスピーチ。
弟が「俺も姉の結婚式でスピーチしたい」と言い始めて、普通結婚式に弟のスピーチとかあるか!?思いながらもプログラムにねじ込んだわけ。
就活で特技「フリップ大喜利」を披露し数々の内定を得る、twitterで数々の万バズを生み出すなど、ウケることが好きな弟。
絶対笑かしてくる!と思ったんやけど、意外に感動系で、俺がその後披露する予定の家族への手紙の弟に向けた内容とほぼおんなじことを喋っとった。先に喋るな。
俺も弟も感涙しながら退場したんやけど、会場から出たらすぐさま「はい写真撮りまーす!」「移動します!」ってな感じでさっさと引き離されて、あまりにシステマチックな進行にマジ度肝抜かれたね。
家族に感謝伝えられたし、結婚式やってよかったよ。
結婚式+披露宴+新婚旅行で普通に独身時代の貯金すっ飛んだけど。ハハ。笑うな、寄付しろ。
俺の家族
俺の家族につまらない人はいない。
長谷家も「育ててやったんだから感謝しろ」とか宮崎さんも「僕のお嫁さんならいうこと聞きなさい!」とか宮崎家も「宮崎家の嫁に来たんだからこれをしろ」とか、そういうつまらないことを言い出す人が一切おらん。
俺が俺の家族と一緒にいるのは家族やからじゃなくて、みんなといるのが楽しいから。
やから、俺も家族にとってつまらない人間にならないように、楽しい人生を送りたいと思います!ブログタイトル通りに!!
市民、家族共々俺をよろしくお願いします!一緒に末長くよろしくね。