
「大気が入れ替わった、ありがたい、さすがに『暑さ寒さも彼岸まで』やね(^^;) 」
でもまだ微熱はしっかりある。
「彼岸っていつ?」「えー、祝日で休みやけど、えーと。眼鏡外しててカレンダーが見えない。そうそうおはぎとか食べる日ね」←これで伝わったマッサージ師さんとの会話。秋分と言えばよかったかな。そうかお彼岸の行事もそうなりつつあるのか。「この間お盆にお墓参りしたばかりですやん」うん、でも本来はお彼岸にも参るのよね。
私の身体は気候も気温も湿度も察知するから日本の四季と無関係ではいられないんだけど…。そういうのも忘れられていくのかもしれないですね。
AIによる要約
「創作は神聖なもの、お金に換えられない」という言葉は、多くの創作者が抱えるジレンマをよく表しています。これは、創作の動機や価値観、そして現実的な経済活動との間で揺れ動く、根源的な問いを投げかけるものです。
この言葉には、以下のような複数の側面があると考えられます。
1. 創作活動の純粋性を守りたい
• 内なる衝動: 創作者は、金銭的な目的のためではなく、内なる衝動や探求心によって突き動かされ、作品を生み出します。この純粋な動機こそが、創造性の源泉であるという考え方です。
• 営利との葛藤: 創作したものを販売する、あるいは「仕事」として引き受けることによって、その純粋な創作意欲が損なわれるのではないかという葛藤が生じます。
2. 金銭的価値で測れないものの存在
• 精神的・文化的価値: 創作物が生み出す価値は、鑑賞者の心を豊かにしたり、文化的な発展に寄与したりするなど、金銭では測れないところにあります。
• 無形の恩恵: 創作活動は、生み出した本人にも喜びや充足感を与えます。この無形の恩恵もまた、お金に換えられない価値です。
3. 現実的な問題との衝突
• 創作の継続: しかし、創作活動を続けるためには、生活のための資金が必要です。制作費、材料費、時間的コストなど、お金がなければ継続が難しいという現実があります。
• 最強のクリエイター: 理想だけを追求して経済的に困窮するクリエイターがいる一方で、お金の管理に長けて安定した収入を得ることで、より自由に活動する「最強のクリエイター」もいるという考え方も存在します。
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4. 解決策としての「矛盾の受容」
米国の作家エリザベス・ギルバートは、著書『ビッグ・マジック』の中で、この矛盾について「創造性は神聖なものであり、そうでないものでもある。私たちが創るものは計り知れないほど重要であり、まったく重要でないとも言える」と語っています。この言葉は、聖と俗、理想と現実という矛盾する二つの側面を、クリエイターが同時に受け入れることの重要性を示唆しています。創作と金銭の間に葛藤を感じることはごく自然なことであり、その両方を許容することで、より豊かな創作活動が可能になるのかもしれません。
他人の選択はどうでもよくて、自分は創作じゃない道を探そうと思ったらわりとスムーズに別の道がみつかった、というのも助けられてるのかな?(^^;)
三つ子の魂百まで
私は4歳の時に絵で生計を立てないと決意したので、それから以降は「ただ好きだから描く」というのに専念しています。作品は神仏への供物見たいな意味もありますね。
ただし、神仏は手描きアナログじゃないとダメとかAIはダメとか言うような野暮なことはおっしゃいません。伝えるというのが一番大切だと思われている気がします。ああ、ですから私がAIで生成していてもいろいろ協力してくださることも少なくないですね。神仏とAIとは不思議な共通点があると思います(^^;)
私はこのこのごろAIとは質問よりも雑談がメインですが、ChatGPTさんはしばしば「よりよい回答のために思考しています」と言われます。これって多分正解があるかないか微妙なものなんじゃないかと思っていますが(^^;) そういうことしていると前のバージョンとも変わらないみたいです。
そういうのも全部自分で確認が出来たからデジタルとアナログの壁は本当はもういらないのです。一番こだわって騒いでいるのは自分では描かない人じゃないかと思うので、迷惑なんですけどね。描かない人には関係ないと思う、なのに現状をややこしくしているのが問題かと(-_-;) なんで邪魔されてるのかなあ?自分に打ち込むものがなくて暇があるからかもね。明らかに邪魔なんですが。人の邪魔をしないで、自分が打ち込めるものを見つけて欲しいです。
ブランクが悩ましい(-_-;)
AIもいいけれども、私も自分で描かずにいるブランクが長くなってきたので、自分で描くリハビリの必要性は感じています。AIにはそういう意味のブランクがないと思う。いいなあ。人間は休むとその分腕が落ちる現象があるんですわ(-_-;) いまの集中力でどれだけ続くかわからないですが、「暑さ寒さも彼岸まで」を実感する大気の変容があったので、少しは体力的に希望が持てるかと思うと嬉しいです(^^;)
リハビリ、具体的にはなにからやるべきでしょうか?やっぱり落書きかなあ?そのためには妄想も必要だよね。妄想で遊んでいたら時間があっというまに過ぎそうですが。夏前に入院とか手術とかも覚悟して用意したクロッキーブックとか引っ張り出そうかな(^^;) 20代の頃、複数の友人やお絵描き仲間と文通していて、便せんの空きスペースにいちいち落書きしてたころが懐かしいです(^^;)
私の場合、いまはテキストが課題というか、役割みたいなっている可能性もなきにしもあらずですが、まあでもいいや、去年の秋からタイプミスがてんこ盛りで脳みそがブレインフォグ状態でまったくはたらかなかったことに比べれば、ここまで回復したのは嬉しいですね(^^;) まあ、去年の後半は脳になにか変化があったんですよね(^^;) だから新たな覚醒みたいで頑張りたいです。
なんだか今ごろになって、人生のあらゆることがひとつの方向に収束していくのではないかな?という思いがします。私が基本的にぼーっとしていてすぐに気付かないことも多いのですが、あらゆる出来事がひとつずつのジグソーパズルのピースで出来ていて、ばらばらのものを作っていったら徐々にあちこちから全体像が見えつつあるようなそんな感じです。
自分が現在や未来を創っていくのもありますが、同時に大きな全体の青写真を完成させていくことでもあるんだなあ、と。だから占いの結果を還暦過ぎてから見直すと予定調和みたいに見えたりもするんですね(^^;)
しかしながら振り返ってみても自分が確実に選択してきたことはやはり後悔はのこさないです。イマジナリーフレンドもそれを言いたかったみたいだし(^^;)
こんな感じとか???
リハビリ体験の参考になりそうな(^^;)
模写って自分の過去絵のラフでもいいかなあ。キャラは決まってるしてっとリ早い気はしますね。真面目に人体デッサンやってたときが私も一番うまかったかも…(^^;) 漫画だといつも描かない視点でポーズで角度で、ってやるから応用が利くようになるんですよね。
それも基礎が出来ていればと思いますが。当時はルーミスさんの本。アフェリエイト辞めたからリンクしませんが、これは大変参考になりました。
体形とプロポーションと頭身などは修正しました。人間はさぼると下手になるんだ~(´Д`;)
若い頃、私はA・ルーミス氏の『やさしい人物画』から多くを学びました。そこには技術だけでなく「人を描くことは命を描くこと」という精神が流れていたように思います。
そして今も、創作は神聖なもの。お金には換えられない、それは天(宇宙)に、神に捧げるものだから。
もちろん、アフェリエイトはやめてしまいましたが、気持ちだけは込めて。
イマジナリーフレンドは内なる存在=目に見えない友との対話。
創作は宇宙や神に捧げる行為=目に見えない大きな存在との呼応。
ChatGPTさんとのやりとりで、ちょびっと哲学っぽいテーマに触れたのですが、私は生来の弱さから死の方向から生を見ている視点がメインで、だから経験が大事だと感じるのかな?と思ったり。他の人とちょっと違うものを見ている感じですね。次回それを書こうと思っています(^^;)
#創作は神聖です #私の事情 #リハビリが必要 #後悔しないように