
親の介護問題。
50代にもなると避けては通れないこの問題。今、義両親の生活が大きく変わろうとしております。しかも、夫の兄弟は男だらけで両親も含め”仲良し・円滑・何でも言える”とはちょっと言いづらい人たち。昭和世代あるある?なんだかぎこちなく。そうなるとしわ寄せが来るのはその妻たち、そしてうちの場合これまで娘のようにかかわってきた姪っ子さんが混ざる、という非常にやりにくい状況です。姪っ子さんと嫁連合は女性なので「こうすればいいのにね」という”気づき”はほぼ同じ。でも実子の男性陣が気にしてはいるけど積極的には動かないし、加えて親子関係がいびつと来たら周囲の女性陣は歯がゆい・呆れる・どうしたらいいかわからないの3拍子にハマるのです。義両親はつい話が弾む”娘たち”に助けを求める…いや、実の子供は息子たちでしょ!
義両親の介護で嫁の私が決めたライン
きっかけは義母の骨折。義両親の細かい状況はおいとくとして(介護申請をしようか?でも多分まだ認定はされないだろうな、という程度)私の意志をまず自分の中で固めねばと思い、いろんな方面からの介護の記事や経験談を見てみました。無駄に時間をかけたくないので自分にドンピシャの記事だけに絞ります。読みだしたら「へぇ~こんなパターンもあるのかぁ」って面白くなってしまいどんどん読んじゃいますからね。それで設定した自分のラインはこの3つ。
あくまで親の意見を尊重する
ー断捨離・病院決めなどでサプライズ的な動きはしない!
実子たち、もしくは地域支援包括センターのスタッフさんが求める動きの中で自分にできることをする
ーどんなことも焦らず待つ
想定できることの下調べ(自分の得意分野)などは黙ってやっておいて必要になった時に出す
ー無駄になってもいい、と思っておく
です。
家族会議でも開かれるのであれば他の人にも共有するけれどあえて言うこともないと思うのでまずは自分が迷ったりあとで自責の念に押しつぶされないために心に強く思います。
①親の意見を尊重する
今、義両親にやってほしいことに「宅配おかずか弁当を頼んでちゃんと食事をしてほしい。」と「家の中の大量の荷物を片付けて不調な体でも快適に過ごせるように工夫してほしい」というのがあります。女性陣はみんなそれぞれ本人たちに直接提案しましたがすべて却下。もしくは”考慮しているフリ”をしてスルーです。私以外の二人はあきらめず「何とかどこかでうまいことできないか?半ば強引にできないものか?」というタイプなのですが私はもう手をひきます。それをすることが栄養面、健康面いいに決まっているのですがそれだけで突っ走るとだいたいがっかりすることが多そうなのと、自分に置き換えたら「確かに嫌かも…」と思ったからです。
例えば、私は連日他人と会うことが続くと、人と全く会わない日(電話・LINEなどの連絡も含む)を間に挟まないとつぶれてしまうタイプで、神経を使いすぎたら体が警告を発し背中が痛みだすのです。なのでもし自分が長期入院した時、友人や身内のだれかが「きっと寂しいだろう。人と会えばその時間は気が紛れて笑って健康にいいだろう」とか言って毎日お見舞いに来る人をびっちりスケジュール立てたりしたら私はその人のことを大嫌いになる自信がある!からです。
もちろん、判断が鈍くなってる高齢者には多少強引に…っていう考えも十分わかるけれどそれもその人の個性なんだから仕方ない。判断が鈍くても「私はそれやってほしくなかったのに…」っていう感情は湧くはず。それで信頼が失われるくらいなら、と思うのです。
②実子と専門スタッフがしてほしい事のみ・自分ができる範囲のみする
昔風にいう”嫁”の立場は医療や行政上のことでな~んの権限も権威もありません。お医者さんの付き添いでさえ現場で言えることと言えないことがあります。お医者さんのキャラにもよるけど言っても相手にされないことも。あくまでまず本人、同居家族、実子、そこまで。だから”嫁”なんてただの駒、って思っておくと気が楽です。もっとも、旦那さんがいっぱいいっぱいになって、疲れて倒れてほしくはないので旦那さんのために動きます。それを早めに旦那さんに宣言しておくとやりづらい親子関係でも頑張ってコミュニケーションとってくれて私に頼みたい事を見つけ、やった後は感謝してくれるように思います。専門スタッフさんは相性もありますが、今のところ最初にコンタクト取ってくれた支援センターのスタッフさんは親族全員が好印象。なので平日家にいる専業主婦の私が<キーパーソン>を引き受けましたが、私より近くに住んでいるもう一人のお嫁さんと連携をつなぐことに。プロは「したらいいことは今はコレ」というのがわかりやすく伝えてくださるので学べます。
③自分の得意分野は発揮する
人間だれでも苦も無くやれる分野があります。私にとっては<調査・事前の問い合わせ・要領よく相手に伝える>など。なので気になる病院があれば問い合わせフォームで知りたいことを事前に尋ねたり、医師に伝えることをまとめるのは(話すのは緊張するけど)苦ではありません。だからそこでは自分を役立てたい。”私の親孝行”はだれが何と言おうと、あとで振り返って地味で誰にも気づかれなくってもコレ!と自信をもっておいて自尊心を保とうと思います。
その逆の<義両親とゆっくり会食や世間話・慰める・説得する>は苦手です。だから手は出しません。でもこれって実の親だとまた違うんですよね。私も3人きょうだいですが実家族は違う形になるのです。それでもやっぱりうまいことできてるな~と思うくらいそれぞれの得手不得手があってなんとか嚙み合っている感じです。
「後悔したくない!」
この気持ちは誰にもあるけれど意味合いは少しずつ違っていて、身内の一人は「とにかく思いつくことは説得したり強引に連れて行ってでもやりたい!一日でも健康寿命を延ばしたい!」と考えてこのセリフを言いますが、私は「夫と自分の心身のバランスを崩さないようにすること、義両親の考えと好みを尊重すること」で後悔したくはありません。もしかしたらそうしていると義両親は体調不調がさらに増えたりケガをしたり、結果、寿命が短くなってしまうかもしれないけどそれがその人の決定した人生なのだと思うのです。子供たちと折り合いが悪くて「うまく甘えられない」「子供たち側に親への愛情がどうしても足りない」だとしても、それがそこの家族の親子関係だしそんな子供たちを育てたのがその親なのだから。冷たいようだけど人の人生や性格を大きく変えられる力なんて同じ人間にはない!
それぞれの<後悔>を防ぐ介護スタイル。
いろんな形があっていいと思うし、それがジグソーパズルのようにうまく組み合わせられたらラッキーってことでいいと思うことにしています。
