今日、
ニュースで世田谷一家殺害事件を取り上げていた。
事件自体は私が生まれてすぐにあったからよくわからないんだけど、
今日一番驚いたことは、
犯人が“被害者を殺害した後、
被害者宅の冷蔵庫にあったアイスを食べていた”と思われる、
という報道があったことである。
殺人なんて一生で犯すことなど大抵有り得ないので、
人を殺すということ、
及び死ぬということは、
一番想像力を必要とする行為である。
恐らく自分のどの引き出しにも入っていない感情を、
持ち合わせの感情を使って想像するのは、
一番難しいことだろう。
被害者遺族に申し訳ないという気持ちはありつつも、
ニュースで取り上げられる過去の事件を聞くと、
私の想像力が動き出す。
別に被害者を蹂躙しようと思っている訳ではない。
ただ、
その場にないものを想像して、
その場にあるように見せるのは、
私にとって必要な行為なのだ。
今回の事件、
ただ人を殺めただけでなく、
その場でアイスを食べているというのは、
どういう気持ちなんだろう。
普段は甘くて美味しいアイスも、
柔らかくねっとりとした甘ったるい物体になってしまうのだろうか。
血の味がするのだろうか。
人の固さと比べてしまったりするのだろうか。
決してわかりたい訳じゃない。
どちらかといえばわかりたくもない。
けど、
わからないなりに想像することは、
私にとって必要なことなのだ。