新元号初日の午前中は雨の予報だったが、
朝起きてみると雨はあがり、所々雲の隙間から陽の光が落ちてきていた。
その光はお昼になる頃には鬱陶しいほどに僕らを照らし、
そして夕方になるとどこからともなく現れた雲と雨の影に隠れてしまった。
僕は散歩が好きなのでよく散歩に出かけたりするのだが、
習い事の仲間に運良く散歩好きがいたので、
今日は一緒に少し遠くまで散歩をしてきた。
母親に散歩に行く旨を伝えると、
「そこまで行ってなにするの?」と聞かれたので、
「そこに行ってなにかをすることが目的ではなく、そこに行くまでの時間が目的なんだよ」と答えておいた。
母親曰く「女の子は行く宛もなく歩くのが嫌いだ」とのことだが…
世の女性に問う。
「目的地までの道中を楽しむ旅」は嫌いなのか?
「そこに行ってなにかをする」ことが目的でない旅はつまらないのか?
まぁ僕の母親は自分のことを主語を大きくして言う悪い癖があるので全てがそうではないと信じたいが、
散歩に行くことは果たして男のロマンでしかないのか。
ここで男女差を考えるのは間違っているかもしれない。
しかし気になって夜しか眠れない。
最近は夜も眠れていないが。
地図を読んで目的地に行く能力が人並みに備わっているおかげで基本的に道に迷うことはないが、
道の景色を見ながら歩くのはとても楽しい。
シロツメクサの間を飛ぶてんとう虫や、
見たこともない公園の遊具や、
初めて通った商店街や、
たまたま見つけた看板を眺めながら、
僕らは目的地に向かって足を進める。
見慣れたものも、
見慣れないものもあるけれど、
その歩いている瞬間に出会うものは、
全てその一瞬にしか存在しなくて、
全てがいつも新しい。
そういった新しいものに
意図して出会うのか、
意図せずに出会うのかはわからないが、
僕らはただ歩みを進める。
自分の足で、
自分の道を歩いていく。
そうした結果、
僕らはたまたま目的地に着くのである。
たとえ目的地が1つでも、
そこまでの行き方は無数にあるし、
なにが正しいわけでもなく、
なにが間違っているわけでもない。
そこにたどり着くまでにどんな道を歩こうとも、
その道程が、
僕らを楽しませる。
今日の散歩は約5時間半。
決して最短距離ではない。
次はどこに、
どうやって行こうかな。