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誰かが、って誰が?

世の中「ほっといでも誰かがやってくれるだろう」「誰かがやってくれている」「私がやらなくてもいいだろう」ということがあります。

 

ほっとけばそりゃ楽だと思います。誰かがやってくれるんでしょうから。知らないうちに誰かがやってくれていた、ああ助かったと思ううちはまだましで、そのうち何も感じないようになります。

 

その「誰か」の存在に気を配ることなく

 

典型が職場での雑務です。私は前の職場でいろいろ仕込まれたので小さなごみが落ちてても拾いますし、朝は早く出てきて窓開けたりロッカーのカギを開けたり、始業2分前に飛び込んでくる連中が朝一番で仕事ができるように準備しています。

 

帰りも窓閉めてロッカー施錠して空調も止めて(これは半分嫌がらせ)そして帰宅します。

 

それが当たり前、と思われると少しもやっとします。みんなが意識を払わない、例えば私が休みの時はロッカー開けっ放しです。窓は誰かが開けるのでしょうが、小さなごみもいつまでもそこにあります。

 

「誰か」がやるからいけないのでしょう

 

ただ、例によって私は私の好きでやっている(と言うか気になる)ので、当番制にしろとか言いませんが。

 

こういうことをやる人がいるのも一つ悪いことなのかもしれません。周囲が意識する機会が無いから

 

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