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評価は高低ではなく、するかしないか

よく「評価は自分がするものではなく、他者が決めるものだ」と言う人がいます。これはどういうことかというと「自分はここまでやった、すごい」というのは単なる自己満足にしか過ぎず、他の人例えば上司であるとか先様であるとかがどう思うかなのだそうです。

 

それはそれで一理あると思います。あると思うのですが、うちでこれをよく言う上司に対してはいまいち一理あるとは思えません。

 

なぜか。もしそうであるならば「結果はどうあれ評価はしないといけない」わけです。そうでないと、他者から見た自分の評価は分かりません。結果がどうあれと言ったのは良い評価も悪い評価も「評価する」という意味では同じです。フィードバック機能が生きていないと、意味がありません

 

仮に自分が頑張ったと思っても他者から見て低い評価だったとします。そこで「なぜだろう、何が足りなかったんだろう、どうあればよかったんだろう」と考えます。またそう考えさせてサポートをするのが本当の姿だと思います。

 

翻って、評価するべき人が評価をしないと誰が評価するんだって話になります。結果自己満足評価に走る人もいれば見失う人もいるでしょう。これでは上司としてマネジメントが生きているかと言うと、疑問です。

 

人事権の一つとして人事評定や指導監督の立場にいる人は、その頻度は別にして常に部下の仕事を見てフィードバックをしていかないと部下は迷います。そのことは念頭に置いておいた方がいいでしょう。

 

ちなみに私自身は自分を評価していません。上司からの評価もありません。これでいいのだろうか

 

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