誰でも、他人の評価が気になったり、他人から自分のごく小さな一面についてちょっと言われただけで悩んだり、見栄を張って背伸びをしたり、苛立ったりしたことくらいはあるでしょう。
人の目や顔、発言やその内容が気になってしまう。
そのせいで萎縮してしまい、チャンスを逃したり、自分の実力を半分も発揮できなかったと感じることもあるかもしれません。
だからこそ、「人の目が気にならない人になりたい」と思う人も多いでしょう。
人の目を気にしなくなれば、もっと上手くいっていたのではないか。
そんな思いを抱えながら眠りにつく人もいるかもしれません。
けれども、ここで一つ考えてみたいことがあります。
そもそも、人の目が気になるということは、本当に悪いことなのでしょうか。
もしも人の目が全く気にならないようになれたとしたら、それはどのようなものなのでしょうか。
1. 人の目を気にするのは自然なこと
人は社会生活を営む生き物です。
一人では生きていくことができません。
そう考えると、人の目が気になったり、周囲と調和したり、衝動的な行動を抑えたりすることは、社会生活において最低限必要な能力でもあると言えます。
もし人の目がまったく気にならなければ、身だしなみを整えることもしないでしょうし、他人が嫌がることを平気でしてしまう人ばかりになってしまうことでしょう。
「人の目を気にすることができる」というのは立派な才能の一つであり、人間としての配慮であり、社会の中で生きていくための能力でもあるのです。
普通に生活していれば、家族や友達など身近な人との付き合いをはじめ、学校や会社などの環境に馴染んだり調和していくためには最低限必要な能力ですから、人の目が気になるというのはごく自然なことです。
この点を考えてみると、「自分は人の目を気にしすぎているのではないか」と悩みすぎる必要はないのかもしれません。
2. 他人のイメージ通りに生きない
人は社会に出るほど、無意識のうちに「自分のキャラ」を作るようになります。
言いたいことがあるのに我慢してしまう。
聞いておきたいことがあるのに遠慮してしまう。
出しゃばらないように、おとなしく振る舞う。
できるだけ本来の自分を出さないように、物事を穏便に済ませるようにと、こうしたことを繰り返すうちに、自分で自分を縛ってしまうことがあります。
しかし、その「キャラ」の多くは、自分の本心から生まれたものではありません。
他人から言われたことや、世間の目を気にするうちに作られていったものです。
もし思い当たることがあるなら、それは少しずつ手放していった方が良いかもしれません。
本当の自分らしく生きたいのであれば、なおさらです。
本来の自分を出したからといって、周囲からの評価が下がるとは限りません。
むしろ、「本来の評価を得られるようになる」という見方の方が近いでしょう。
今までの見方が実は思い込みや錯覚で、より正しい見方、客観的な見方をしてみることで、気付けることもあるのですから。
「お試し」くらいの楽な気持ちで、少しくらい試してみる価値はあるのではないでしょうか。
たとえば、本当は好奇心旺盛で、失敗を恐れずに挑戦していきたい人がいたとします。
それなのに、「真面目で優しく、おとなしい人」という周囲のイメージに合わせて生き続けていたら、自分らしさはどんどん失われてしまいます。
「本来の自分を出してみよう」とすることで、最初は少し変な目で見られることもあるかもしれません。
しかし、続けていくうちに周囲の評価も少しずつ変わっていきます。
やがて、本来の自分と周囲の評価が一致するようになります。
そうなれば、人の目を気にしすぎることも減り、今より少し堂々としていられるようになってきます。
言いたいことをしっかり発言できたり、自分で決めたことをやり遂げられるようになれば、自分に自信を持てるようになっていくでしょう。
もっと自分のことを好きになってよいのです。
もっと自分のことを肯定できるようになってよいのです。
3. 人間は不完全なものだと知る
ここで大切なのは、「人間は不完全なものだ」と理解しておくことです。
これは「人間性を信用しない」という意味であって、「他人を信用しない」という意味ではありません。
100パーセント、完全無欠の人間は、まずいないからです。
そう考えれば、「自分だけがまるでダメ」と悲観することもありません。
人には誰でも欠点や弱さがあり、精神的な浮き沈みもあります。
誠実な時もあれば、魔が差すこともあります。
そうした面も含めて、「人間とはそういうものだ」と受け入れられるようになると、精神的な余裕が生まれ、人としての器も一回り大きくなっていくのです。
人は誰でも不完全です。
それが分かってくると、今のストレスも減り、自分にも他人にも優しい温かい人になれそうですよね。
反対に、「絶対こうでなければならない」に代表される、「~ねばならない」「~であるべきだ」といった完璧主義に縛られていると、誰とも気軽に話せなくなり、相談もできず、孤立してしまうこともあります。
私も従事していたことのあるプログラミングの世界には、「70点で合格」という考え方があります。
主軸となる動作がきちんとできていれば、追加変更や細かい調整は後から行えばよいという発想です。
また、ある経営者は「調子が悪い日でも、自分の基準で20点を超えたら絶好調と言う」ようにしていると決めているそうです。
このように、不完全であることを前提にした考え方は、心をずいぶん楽にしてくれるものです。
こうした発想をするのが難しくなっていたとしたら、完璧主義に陥っているのかもしれません。
4. 自分の軸を定める
人の目が気になるとき、自分の目はどこを向いているでしょうか。
自分が進みたい方向は、今でも定まっていますか?
それとも、少しブレてしまっていますか?
もしかすると、本当はやりたいことや目指したい場所があるのに、他人の言葉を気にして下ばかり見てしまっているのかもしれません。
大切なのは、自分がどう生きていきたいのかを見つめることです。
自分はどう生きていきたいのか、何をしたいのか、どんな人間でありたいのか。
これを定め直すのも一つの対処となります。
自分の軸ができていれば、少しくらい人の目が気になっても大きな問題にはなりません。
「そういうこともあるよね」「別に構わないよ」と思えるようになってくるものです。
「自分は自分、人は人」です。
これからは、他人の顔色ばかりうかがわないし、迎合もしない。
自分を押し殺して相手に適当に合わせたり、流したりしない。
「どうしていいか分からない」という状態も、少しずつ減らしていきましょう。
今は、もっと自分と向き合い、自分の考えや行動を定め、自分に対する自信のなさを見つめ直すのによい時期かもしれません。
長所や良い点は、必ず誰にでも備わっているものです。
ですから、自分の好きなこと、得意なこと、性格、特性、能力、適性、といったことに焦点を当てて、自分と向き合ってみましょう。
そうすることで、他人の意見を尊重しながらも、「あなたの意見は尊重しますが、私はこうしたい」と静かに言えるようになります。
自分の軸があるので、自分に対して頑固にも、相手に対して喧嘩腰にもなりません。
5. 自分を大切に扱い、むやみに相手に差し出さない
他人の中には、世の中には本当に親身になって支えてくれる人もいます。
そういう人とは、できるだけ大切に扱い、長く付き合っていきたいものです。
一方で、あまり言いたくはありませんが、「あなたに頭一つ抜き出てほしくない」と思って足を引っ張ろうとする人がいるのも事実です。
「あなたはいつでも私の下にいて当然」と思っている、かなり残念な人もまたいることでしょう。
そういう人たちは、自分から直接何かを言うことはありません。
「人の目」を巧みに利用して、あなたの判断と責任で、あなたが失敗したり、自分から退くように仕向けることもあります。
そうして「私は悪くない。誰も悪くない。あなたが悪いのかどうかなんて知らない。自分で考えて。」となります。
長い人生では、もしかしたら何回かは、悔しい思いをすることもあるかもしれません。
しかし、自分も相手もよく見て、知って、少しずつでも対処できるようにしておくことです。
なぜなら、その時のあなたの目は、他人から見て「人の目」ともなるからです。
だからこそ、自分の進む方向をしっかり定め、その先を見据えておくことが大切になります。
人の目を気にすることで、いいようにやられっぱなしにされ、食い物にされないようにするのです。
自分のすべきことは確実に定めておきましょう。
その上で、自分の才能や努力、技術、時間、お金を、そうした人のために何一つ差し出す必要はありません。
まとめ
人の目が気になるというのは、決して悪いことではありません。
社会の中で生きていくための大切な感覚でもあります。
集団に所属していれば、周りの人の言うことを聞いたり合わせたりしていくことは当然です。
ただし、それに縛られすぎてしまうと、自分の人生を生きづらくしてしまいます。
他人の目を気にして自分の人生の時間を削ってばかりいるのは、ただただ勿体ないことです。
自分が「これは大事なこと」と思った物事には、真剣に向き合って深く考えていくことも大事なのです。
大切なのは次のポイントです。
・人の目が気になるのは自然なことと理解する
・他人のイメージに合わせすぎない
・人は不完全なものだと知っておく
・自分が進みたい方向を定める
・自分を大切にし、才能や時間をむやみに差し出さない
集団の中で生きていく以上、周囲に合わせることも大切です。
しかし、一度きりの人生ですから、もっと自発的に、自分に焦点を当ててみましょう。
今の自分の状態に気がつくことで、もう少し楽に生きることもできると思います。
だって、「自分の人生を生き切る」ためには、まず自分のことをよく観察し、よく知り、大切に扱うことが欠かせないのですから。
押さえるべきところは押さえながらも、「自分らしく生きる」ということを忘れない。
それだけでも、人の目に振り回されることは少しずつ減っていくのではないでしょうか。