はしご酒(Aくんのアトリエ) その八百と七十
「ボウカンシャ ノ キョウシツ? ボウカンシャ ノ シャカイ? 」
「そんな、大人たちの社会の写し鏡である、象徴的な空間。ソレが、学校の教室。ソコでは、良しも悪しも様々な、カラフルな、ドラマが、繰り広げられている、わけ」
カラフルな、ドラマ、か~。
たしかに、もういい加減勘弁してくれよと思うようなドラマも、無慈悲に繰り広げられる、繰り広げられてしまう。遥か遠い昔の私も疲れ果ててしまっていた、ような気がする。あまり思い出したくはないけれど。
「とくに、子どもたちにとって、場合によっては生き死ににダイレクトに関わってしまうかもしれない例のあの『イジメ』なんて、まさに、それ。大人たちの『パワハラ』が、そのまま『イジメ』となって子どもたちの心を蝕んでいく」
パワハラが、イジメに、か~。
それ、心当たりがないわけではない、 最悪の、写し鏡。
「そんな教室を、クールに、俯瞰して見てみると、子どもたちが大きく四つのグループに別れていることに気付く、はず」
よ、四つの、グループに?
「まず、イジメる。と、イジメられる。という、コアな、メジャー級の両グループ」
イジメる子どもとイジメられる子ども。大人たちの社会の闇が、そのまま、教室に。子どもたちの社会に。
聞いているだけなのに、気分が、イヤになるほど重く辛くなってくる。
「そして、へばり付く、と、傍観する」
へばり付く、と、傍観する?
「この両グループに共通する、ベース。モノ。ソレが、生存戦略」
えっ。
「せ、生存戦略、ですか」
「そう。その意味において、両者は、全くもって同じと言っても、それほど、間違いではないと思っている」
全くもって、同じ?
イジメる、に、へばり付く。と、イジメる、からも、イジメられる、からも、距離を置き、傍観する。が、同じ?
とは、申し訳ないが、さすがに思えない。へばり付く、は、紛れもない加担だが、傍観する、もまた、全くもって同じ加担だとは、到底、思えないからである。
しかし。
先ほどから、両者から、臭ってくるその臭いがあまりにも似ているのである。
「申し訳ありませんが、さすがに、全くもって同じ、とは、思えないのですが、でも、両者から、同じ臭いがするような気がしてならないのです」
「そう、ソレだ。『お前も同罪だろ』と追求されない程度の距離感、を、保つ、両者。から、漂ってくる、同質の臭い。まさにソレ、ソレなんだよな~」
聞いているだけなのに、胃が、イヤになるほどキリキリと痛む。
悲しみの、生存戦略。ソレもまた、生きとし生けるモノの、致し方なしの、定め。なのかもしれないが、気に入らない。どうしても気に入らないのである。
傍観者の教室。
傍観者の社会。
あえて言わせて頂くが、無難に、無難に、だけの生存戦略からは、少なくとも、未来にとって必要不可欠な大事なモノは、おそらく、ナニも、生まれないような気がする。(つづく)