はしご酒(Aくんのアトリエ) その七百と五十二
「ヨロンユウドウ ト ランチェスターセンリャク」
「カネとジカンとヒトの圧倒的な数と量で、圧倒的に優位に立っているのが、強者」
ん?
「そうした強者がその気になれば、弱者なんて、イチコロ」
イ、イチコロ!?
「ソレが、ランチェスター戦略」
ラ、ランチェスター、戦略?
「もちろん、そうした圧倒的な数やら量やらに対抗できるモノなど全くもってドコにもない、というわけではない」
数やら量やらに対抗できる、モノ?
「ナンだと思う?」
なんだろう。
数、量、に、対抗。
数、量、より。
量より。
量より、ん!?、あ、あっ。
「質。質ですか」
「そう、ご明察」
お、お~、やった~。
あまり勉強が得意ではない生徒が、テストの答えをAにするかBにするかで悩んだ末、「えい!」とばかりに勢いだけで選んだAがたまたま正解だった、ぐらい、メチャメチャ嬉しくなる。
「数やら量やらで圧倒的に劣位、劣位に立っている、というか、立たされている、弱者が、敗者にならないための最後の砦。ソレが『質』。『質』しかない。も、また、ランチェスター戦略。ま、ナンでもカンでも勝ち負けで語りたがる、その感じ、如何なものかとは思うけどね」
私も、その感じ、あまり好きではない。
「ほら、巷を賑わしまくった、あの、某地方自治体の知事選。数と量にモノを言わせたフェイクやらデマやらによって、有権者たち、見事なまでにイチコロに、してやられてしまっていただろ」
イチコロにしてやられた、か~。
あのコトだな、きっと。
「あんな感じで数と量でイチコロなら、ヘタをすると、私たちは、もっとトンでもない、場合によっては取り返しがつかなくなる、ような、そんな選択をしてしまいかねませんよね」
「そう、そういうこと。してしまいかねないよな~。おそらく、例のあの、憲法改正、改悪?、を、ヤタラと強者側がやりたがるのも、今なら、国民投票に持ち込めさえすれば、数と量の圧倒的な優位性でイチコロ、だと、思っているからなんだろうしな」
国民投票に持ち込みさえすれば、イチコロ、とは。
ん、ん、ん~・・・。
たしかに、疑うことよりも信じることが、声を上げることよりも沈黙が、抗うことよりも受け入れることが、「善」と、家庭でも学校でも教えられてきたように思うだけに、ヤヤもすると、どうしても、「そうなんだ~」、「知らなかった~」、「教えてくれてありがとう」、みたいなことになってしまいがちだ。
「つまり、だからこそ、どうにかしてでも『質』を、私たち一人ひとりが己の『質』を、高めるしか、強者に対抗する手立てはないということですか」
「そう。まさに、そう。圧倒的な数と量にモノを言わせたフェイクやらデマやら、あるいは、巧みな世論誘導やらに、惑わされない、振り回されない、そんな己たれ。と、いうことだ」
(つづく)