家族で御飯を食べられる事です。
普通?
現在はそれが普通でないことが多いです。

小さい頃は貧乏で両親は共働き。
おばあちゃんの家に預けられました。
しかし、おばちゃんには可愛がって貰った経験はありません。
寧ろ、「何しに来るんや!」でした。
少しずつ生活がマシになり、母は専業主婦になりましたが、家に帰ってもいません。
パチンコに行っていたからです。
父も仕事が終わると母とパチンコで合流します。
一人っ子の私は家で留守番です。
母は滅多にご飯を作りません。
外食です。
と言っても豪華なものではありません。
うどんかラーメン、焼飯とかでした。
物心付いた時、マヨネーズの存在を知りました。
そんな母だったので私は料理の目覚めます。
母が料理ができないと子供は、下手か上手かの両極端に分かれるみたいですね。
明らかに野菜を食べなっかので生野菜を切ってマヨネーズをかけて食べるサラダ衝撃的に美味しかったです。
おこずかいに関しては同年代の子より多かったと思います。
そのお金で料理の本を買い作りました。

まだまだ小学校の低学年で作れる料理は少なかったです。
少しずつ覚えた料理は中学生になるころお正月におせち料理を作るようになっていました。
高校生になり飲食店でアルバイト。
料理を少しずつ覚えます。
高校はデザイン科だったので卒業後はグラフィックの道へ。
1年半やりましたが、挫折して、昼は飲食店のアルバイト。
夜は、観光地で芸者をしていました。
私が20歳になっても両親は相変わらずパチンコに夢中。
そうこうしているうちに、お見合い結婚。
家に誰もいない寂しさから嫌いじゃないからと3ヶ月と言う短い交際でした。
子供は3人できましたが離婚します。
その時は、御飯を食べる時間が一番苦痛でした。
DV/家庭内暴力の夫だからです。
暴れ出す時間でもあったからです。
離婚してからは、昼は飲食店の厨房に入り、夜は蝶?になりました。
私は仕事、仕事で子供達と御飯を食べ時間がありませんでした。
その後元夫のストーカーから逃げ、子供達と離れ離れ。
このはてなブログさんの「記憶に残っている、あの日」に書いています。
そして、これも「記憶に残っている、あの日」でも書いたように、最高の協力者のお陰で居酒屋をオープンさせます。

週2日の休業日には皆で揃って御飯を食べます。
何気ない会話が楽しいです。
賑やかで居酒屋なのにお酒が嫌いですがたまに少し頂いたりして、ささやかな幸せを感じる時間です。
皆で笑いながら食べるのはとても美味しです。
色んな事がありすぎた人生です。
しかし、ここ10年近く穏やか日々を送っています。
全く辛い事、大変な事がないわけではありません。
作る楽しさ、食べてもらって「美味しい」と言って貰える喜び、何より一家団欒で御飯を食べる。
ささやかな幸せです。