秋葉原のアイコンとも言える真っ赤な外観のゲーセン『GiGO秋葉原1号館』が来月末に閉店するらしい。
高校大学とほぼゲーセン漬けだった自分にとっては、アニメやゲームの聖地とも言える秋葉原をもってしてもゲーセンの閉店ラッシュに耐えられなかったという事実は残念でならない。
購読しているブロガーさんの秋葉原訪問の記事を読んだところ、最近はソシャゲが大々的に取り上げられている。自分もウマ娘をやっているが、スマホゲームの台頭がゲーセン業界の不況にトドメを刺した気がする。
ましてや今はコスパタイパ至上主義とも言える時代。1プレイ100円とか10分以上拘束されるとか、今の人達にはもはやお金や時間の無駄遣いに思えるかもしれない。
長らくゲーセンの目玉だった格ゲーや対戦ゲーも、下火から復活しそうでなかなかしない。PS5やSwitchなどの家庭版が出ればそのゲームのプレイ人口は増えるかもしれないが、ゲーセンに足を運ぶ人は減ってしまう。
音ゲーはそれなりに若い人がいるものの、ゲーセン全体のお客が減ってしまって1プレイの金額を上げざるを得なくなっており、割を食っている状態と言えよう。新規タイトルはよく見るのでメーカーの苦心は伝わるが、昨今は筐体もド派手になっているので導入費や維持費も無視できない。
となると、もはや最後の砦はクレーンゲームぐらいだろうか。単価は高いが射幸心を煽る作りはガチャといい勝負だし(失礼)、景品の種類は豊富にあるので老若男女を問わず集客効果が見込める。
一方で、数年前から『確率機』という言葉が広まり、「一定以上お金を入れないとアームが強くならない」という噂がまことしやかに囁かれている。個人的には『確率機』という言葉も「どこに確率要素があるのか」みたいな疑問を感じている部分もあるし、まことしやかというのも「取れないのは本当にクレーンだけのせいなの?」という疑問から書いている。
もちろん今のクレーンゲームが『掴む』ではなく『ずらす』ゲームになっているのは事実だが、そもそもクレーンゲームは景品の元値がある以上そうそう簡単に取らせないのが基本だ。ゲーセンも慈善事業ではない。
となるとアームの設定をなるべく弱くするのが当たり前なのだが、ここで景品が全く動かないようなずさんな調整をするから「最近よく聞くやつだ!たくさんお金を入れないとダメなんだ!」とお客の不信を買うようになる。
「持ち上げることはできないが端を引っ掛ければ穴に寄せられる」ぐらいの調整なら「技術介入の余地がある」と判断してお客の態度も変わる。最終的に同じ「景品が取れない」という結果でも、「クレーンが悪い」から「自分の技術が無い」にすり替わってリピーターになる可能性が増える。
機械の不正そのものを擁護する気は一切ないが、それが明るみになったのもそういう調整ができない未熟さが招いた結果だろう。昨日も書いたが「個人レベルのミスが業界全体の不信感を抱かせるようになる」という自覚が必要である。
自分が音ゲー格ゲークレーンゲームと色々遊んできたせいか、少し長く語ってしまった。働いていた頃に近所のゲーセンに行ったが、加齢で目がしぱしぱして長く遊べなかった。
自分がゲーセン業界に貢献できる日も終わりが近づいているかもしれない。最後は年配者のようにコインゲームでジャックポットを待ち続けるようになるだろうか。
ゲームそのものの面白さはどこにいても味わえるが、「みんなが一ヵ所に集まって同じゲームを遊ぶ」という面白さはゲーセンにしか無い。そういう意味でも、ゲーセンの存在価値は非常に大きいと思う。
でも昔のように格ゲーで負けた側から灰皿が飛んでくるのはNO。