タイヤ交換に備えて昨日のうちに洗車をしたら帰り道で通り雨に降られた無職である。洗車してから汚れるまでの最短記録を更新してしまった。
今日は予定通りディーラーでタイヤ交換を終えたが、請求額を見て「やっぱり自分でやったほうがいいな」と再認識した。そのまま家に帰って場末の掲示板を覗いていたら、読売新聞に掲載された投書についての話題が目に入った。
投書の投稿者は御年91歳のおじいちゃん。以下、原文ママ。
『昨年の春、電気設備の点検に来た人から 「漏電ブレーカーを交換した方がよい」と言われた。 自分でもできたらいいのにと、住宅や小規模な店舗の電気工事ができる国家資格「第2種電気工事士」の資格を取ろうと考えた。参考書を買って独学した。
暗記は大の苦手だが、過去に出題された問題を要領よくまとめた本を丸暗記した。 試験を受け、結果をパソコンで確認するのに勇気が必要だったが、そっと見てみると合格だった。先日、免状が届いた。これで電気工事は胸を張ってやれるだろう。長い1年だった。
でも、頭がいやがっているのに、無理やり丸暗記しただけの効果があった。 以前に比べ、前日のことを思い出せるようになったのだ。思わぬ効果に喜んだ。』
何ともパワフルなおじいちゃんである。電気工事士は確か筆記だけでなく配線作業などの実技があったはずだが、それもクリアしたのだろう。空腹時に指が震える自分にはできそうもない。
そもそも『パソコンで試験結果を確認できる91歳』がどれだけいるだろうか。根本的なところから自分とは格が違う。尊敬を超えて畏怖の念すら抱くレベル。これを見ると、たかだかアラサー(四捨五入)で五体満足の自分がタイヤ交換できなくてどうするんだと喝を入れられている気分になる。
こういう人がいるだけでも世の中に力を与えてくれるが、そうは問屋が卸さないという人もいる。曰く、「わざわざ勉強しなくてもお金払えばすぐ済む話じゃん」。
言いたいことは分かる。その人の中では、勉強にかけた時間やテキスト代・受験料がブレーカーの交換費用と釣り合わないのだろう。いわゆる「コスパが悪い」というやつだ。
だが相手は91の大先輩。コストパフォーマンスなどという言葉が生まれる前から無駄を無駄と思わずこなしてきたはずである。残りの寿命がブレーカーよりも短かろうが、今やりたいことを優先し、しかも成功まで漕ぎつけた。コストがいくらだろうとパフォーマンスは最大と言っていいだろう。
更に記憶力の上昇という副次的な効果も実感している。もはや我々のような若輩者がケチをつけられる隙は無い。
このおじいちゃんは正に『論語』を体現していると言えよう。確か最後は「七十にして心の欲する所に従って矩(みち)を踰(こ)えず。(七十歳になると、思ったように振る舞っても道を外れることは無くなった)」だったので、「九十にして電気工事士」を加えてもいいかも知れない。配線を間違えないということは道も間違えないということだ。(ゴリ押し解釈)
文章という文字の集合体は、それを書く人の情報によって力が変わってくる。観光に来た外国人と凶悪な詐欺師が「日本人は優しい」と言ってもそれぞれ意味が変わってくるし、それから得られるパワーもまるで質が違う。
もちろん『誰が言ったか』が『何を言ったか』より優先されすぎるとハロー効果のような歪んだ認知を生み出しかねないが、そこで良い物を良いと見極められる判断力を持ちたい。
なお、このブログが誰かに良い力を与えるほどのパワーを持つかは不明である。今後に期待しましょう。
ちなみに新聞の投書で一番好きなのは、朝日新聞に載っていた98歳のおばあちゃんのお話。転載画像なので見づらいかも知れない。

いくつになっても自分の人生と周りの人を楽しめる人間でありたい。