一人暮らしみたいな状態になったので朝から独り言のボリュームを最大にしていたが、「2月中に伺います」と連絡のあった浄化槽の点検員が今日来て家の中が少しバキュームカーの臭いに包まれた。タイミング悪すぎんよ。
そして何故か今日に限って宗教の勧誘みたいなアポなし訪問が何件かあって怖かった。インターホンのカメラで「これは出たらあかんやつや」と判断して黙っていると、訪問者はそそくさと近くの家へ移動していった。
なお見た目は完全に阿〇ヶ谷姉妹だった。

まあ家族が家にいようがいまいが自分の一日は変わらないのだが、それでも人の目があるのと無いのとでは気持ちに雲泥の差がある。
33年の人生のうち半分を一人暮らしで過ごしてきて、もちろんデメリットというか自分に足りない部分とか「こういう時は人手が欲しい」といった点もあった。しかし、それを補って余りあるほどの充実感があったのも事実である。
やっぱり自分には一人が向いている。もしルームシェアをする場合、仮に相手が何でも話せる一番の親友であっても少しずつストレスが溜まるだろう。
いわゆる同棲や結婚といった『誰かと生活を共にする』行為が世間一般のスタンダードという事実を見るに、自分は社会的動物としての適性が無いように思う。
もちろん一人でも何らかの成果を挙げて社会の役に立つ人ならそれは社会的動物としての一つの正解である。
ところがぎっちょん、自分の場合は単にコミュ障で人と対等な関係を築くことができず、能力も低い。これでは、いけない。(石破首相)
購読ブロガーの中には、恋愛をしたり婚活をしたり、他人への関心を持とうと努力している人もいる。そういう方向へエネルギーを向けられる人は尊敬する。
少しでも適性のあるものなら「いつか自分も…」ぐらいの意識でも近づけるのだろう。しかし、これに関しては自分はもはやねじれの位置にある気がする。
意識を変えないと何も変わらない。世間体をやや気にする自分にとって、「結婚しない人が増えた」という現代の流れは気楽だが、それは世の中にとってマイナスに働いている。
結婚して子供を育てる人がいなければ社会は絶対に維持できない。この事実を粛々と受け止めながら、目の前の就活に臨むのだ。
一人でもいいが独りになってはいけない。