10年前で終わってるな。
いい文章書いていた。自画自賛❣www
雑誌『奔』を発行し、多くの誠実な紳士と出会い、山本義隆氏の発言なども掲載できた。
畏れ多くも吉本隆明の『試行』の様な雑誌にしたかった。
突然の病で廃刊。
自分で寒夜ひっそりと読み返すのは、精神のマスターベーションなのだが、書くことがめんどくさくなった衰えを回復するためだ。
何年振りか帰郷した折、見知らぬ男らとスナックで知り合ったが、彼らは高校の同窓生であった。
一人が、お前が望月か、あのすごい文章を書く奴だよ、と皆に紹介した。
高校時代は、授業に出ず、ひたすら部室へこもって、文章を書きまくっていた。
NHK教育TVが、拙著「ベトナム反戦」論を入手したらしく、取材申し込みがあった。
組合の顧問教師が教委の圧力に屈して、取材を勝手に断った。
小生のTVデビューはあえなく霧散した。
以後転落の人生である。
後日談だが、教生で母校を訪れると、圧殺してくれた教師が、小生の書いた論稿を大事に持っていて、机の引き出しから引っ張り出していった。
お前がいた頃はレベルが高かったなー、と。
小生が意識的に引きこもっていた高校時代、お互いに顔を知らなくても、書いた者は知らなくても書いたモノは普及する。
この快感は今日まで続いているが、さすがに面倒くさくなってきた。
誰に読まれなくてもよい、病気の娘一人に読んで欲しいと思うだけだ。
お父さん、愛があれば必ずまた会えるよ、会えると信じているよ、と書置きを残して施設へ入っていった。
やっと音楽が聴けない症状が改善し、TVの音楽番組が見れるようになったと喜んで報告してきた。
そうだ、きっといつかお父さんの文章が読めたよ、と言ってくれる日がくるだろう。
それまでは、日々訓練。
「心恒不退」❣