高市の会見で述べられたことは、経済政策以外は、ほとんど日本会議&統一教会の方針に則ったものが露骨にでてきた。
護憲派は、呪文の如く唱えるだけでは、敵の思う壺となるだろう。
この40年間、左派はずっと日本会議に負け続けてきた。
わたしの記事(特にBLOG)を読まれてきた方は、よくご存じだろう。
にもかかわらず、私も含めて、有効な闘争方法を創り出せていない。
自民党支持8割の若年層には、呪文護憲方式は失効すると思っておいた方がよい。
最近PC打つのもめんどくて、結論だけ提案する。
1.権威筋が啓蒙する活動は止める。
地域のコミュニティーで、ミニ集会をして、参加者に思いの
たけを全員に喋らせる。
日本会議がやったように、教育委員会を押さえて、津々浦々
全国で一斉に展開する。
自民党が下野時代、全国で展開した公聴会を実施する。
2.改憲派の、敵が攻めてきたらどうする?に対しては外交だ
パルチザンだ好きなように言ってもいいが、声をそろえて
堂々と「無抵抗で抗議し死ぬ」。1000万人が抗議の声を上げ
ながら、一斉に尊厳ある死を遂行するーこれは愛国者の死と
して世界の讃嘆と涙を誘うだろう。(実際に死ぬかどう
かは希望次第)
かつて、鶴見俊輔は南方の軍務に就きながら、いざ敵に銃
を向けなければならなくなった時どうするか、自問自答
した。
鶴見の回答は、自死して敵には銃を向けない、そして便所
で秘かに三八銃を口に咥えて引き金を足で引く練習をした
そうだ。
護憲派の小市民的な紋切型のアピールでは多くの若者の心に
刺さらない。
孤独に全重量をかけて提出する高市の重さに拮抗できるか
、これは重要な点だと思う。
辺見庸はこの孤独さにおいて、なんとなく集団でつるむ集
団主義は負けるのだという意味のことを語っている。
美しく死ねる愛国の死ーどうだざまーみろ、三島由紀夫だ
ってかなうまい。
絶対平和の極致とはこういうことだ。命と引き換えに掲げられる
己の孤独な絶対的自尊性をもって闘うことだ。
3.改憲するなら条件を提示しよう。
どうしても改憲したいという若者なら、日本が他国に攻め
られるという認識が前提にある。
ならば、攻められぬようにすればいい、そのためには外交だ
というのは正論の一つでしかない。
ウクライナ戦争のロシア、ベネズエラの米国、あるいはか
つての日ソ不可侵条約のソ連など、アホな外交官がヘタう
ったり、情報の不十分さや、誇大妄想やルサンチマンのい
かれた政治家がでれば無効だということを既に経験してし
まった。
この敵も味方も理性ですという外交方式の説得力は弱い。
そこでだ、私は改憲の条件に、ミサイルを撃ち込めない列島
全体に「電磁波シート」(仮称)みたいなものをかぶせる
防御兵器を開発するまでは改憲論停止にすること。
また、先ごろ米国がベネズエラ侵攻で使用した電磁波パル
ス兵器に切り替えること。ただし、米国のこの兵器は一瞬で
100人以上を殺害したが、日本の電磁波パルス兵器はスタン
ガン方式で、失神させても命は取らない。
日本の武器はあくまで専守防衛に沿って開発し、世界に輸
出し、万一いかれたプーチンやトランプがでてきても、地
球上に殺傷能力のある武器は存在しないという状況に到達
したならば、自衛隊明記を許す、という争点を積極的に創
り出すこと。
だって、国を護りたいのだろう、国とは天皇制か?
いやいや家族であり恋人であり子どもであり友人たちだろう、
敵が殺傷能力のある武器を持たなくすれば守れる。憲法を変えて
若者が徴兵に行って特攻隊で首と体が吹き飛んで肉がミンチになっては
護ったことにはならないだろう。偏差値30でもそれくらいの理屈は解る
だろう。
改憲論者の思考がいかに空虚なインポテンツだということが解ろうというものだ。
これで日本は景気浮揚策にもなって、世界平和に貢献できる
点で、高市日本会議を潰すことができるだろう。
私の様な軍事素人が着想できるのだから、石破のような軍事
オタクに、どうせ暇なんだから企画書を作らせたらいい
のだ。
つまり、何を言いたいかというと、知識人が前提にして語る護憲論を、われわれ庶民が有難く硬直したバイブルにしないこと。
もっと自由に戦争から80年たって体験的伝承が政治的志向に繋がらなくなった時代の、庶民の反戦論議の地平を更新しなければ護憲も民主主義も、若者の如何わしい「正論」を突き抜けられないだろう。
何しろ、極貧のアンダークラスの若者は、資本家階級と同じく2割も自己責任論者なのだから、ジジイババアは後ろから撃ち殺されるよ。
(書きなぐりご容赦されたし)