少しリアルな野党敗北分析をしてみよう。
階級存在と意識が対応しているという70年代までの学識が抜けていないようです。
政治意識との関連でクラスター分析にかけると次のようになります。
1自己責任論について。
個人の努力不足&競争で貧富の差が出ることを容認、合わせると
リベラル 56.8%
平和主義者 69.5%
無関心層 58.8%
伝統保守 86.8%
新自由主義右翼 121.4%
*二項目を単純に足したものなので、分母は200%でみてください。
このように、格差問題一つとっても自己責任論と今後も格差は温存しても仕方がないという意識が存在している。
これを階級別にみると、
アンダークラスでも20%程度容認、自分達の努力不足だと回答しているのだ。
ある問題が、全階級や世代のなかにおいて、激しく対立しながら分布しているのである。
これが、80年代から始まる労組の組織率低下と、下部構造以外の価値観や文化表象に基ずく投票行動が世界的に見られるようになった。日本も例外ではなかった。
こうした有権者を、政党が囲い込むためには、同じ政策でも、世代別や階層別にきめ細かく打ち込む仕方を変えていかなければ「刺さらなくなった」。
ここに博報堂の調査で「大衆から分衆へ」というキャッチコピーが風靡した。
だが左派はこうしたマーケティング手法を小ばかにして馴染めなかった。
結果、プロモーション展開にも莫大な金を掛けたことは、配布されたツール、SNSのヴュー数をみれば一目瞭然だ。
小生のポストには、高市のパンフ22ページが入っていた以外維新がペラ物一枚だけであった。
山﨑行太郎氏は官房機密費が多額に投入されたのではないかと述べている。小生も同じことを考えている。
何を言いたいかというと、
中道連合は、政治意識からみれば中道が旧保守派を取り込めば将来性がなくはない。
マーケティングからみれば、ネーミングやプロモーションは惨憺たるものだ。時間不足。
さてでは下部構造(経済問題)と上部構造(ナショナリズム)を一体として持っている大衆に対して、
それを左派の構図ー平等格差是正(賃上げ)+護憲平和法制とセットで提案することが妥当なのか。
特に中道批判派の左翼は、この問題にずっと無頓着なのであり、辺野古中止を言わなかったことを上げて総批判にまわった。
特に今回自民党支持が多かった現役と若者に、それぞれのクラスターに分化したした場合、内部に違う意識の対立を抱えていることを認め、どのような訴求が効果的なのか、改めてマーケティングを駆使し、政党+市民運動の総がかりでプロモーションを創造するしかないだろう。
ソシアル派を自認する小生はその様に考える。