わが師俳人鈴木六林男(むりお)から聞いた、話も面白かった。
戦場の実際をたまに話してくれたが、初めて聞く話ばかりで驚くことが多かった。
私は、40も過ぎて、戦争の現実を知ってその時自分を恥じた。
このわが先輩保坂さんの田中角栄に通じる話を思い出した。
六林男は、中国戦線へ送られ、翌年フィリピンのバターンコレヒドール戦を闘い、重症を負って帰国。
左腕に機関銃弾を受け、生涯破片を体内に埋め込んだまま生きた。
s19年再び赤紙がきて、身体検査に出向くと、中国戦線で軍医と仲良くなってよく街に繰り出し飲み歩いたその軍医がいた。
六林男は簡単なチャン語ができ街を知っていたので、軍医をよく案内したとのことだ。
この軍医が、お前また赤紙が来たのか、お前は病気じゃもうええと言って徴兵を握り潰してくれたとのことだ。
大阪の部隊は「またも負けたか8連帯」と俗謡に謡われた。
軍上層部から見ると、合理的精神を戦場に持ち込む厄介な大阪連隊とみなされていた。