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戦後80周年、福井紳一さんの本で代弁させてもらうw

敗戦後80周年か、さすが話題は多い。
話題をふられたり、コメントを求められたり、めんどくせーから、福井紳一著『戦後史から学ぶ』と『戦中史』を紹介して、簡単に済ませている。
福井さん大活躍www。
ただ二つだけ説明。
 1928年パリ不戦条約に日本も一応締結していた。
つまり侵略戦争は禁じていたので、これをもって9条の流れはあた、従って押し付けでなく、日本の自主的憲法であるという主張も近年あるようだが、少し無理がある。
国際連盟を脱退し、主権国家として侵略戦争を遂行した、つまり第一次大戦後の国際平和への希求を破っているわけで、気持ちがあったから許されるなら法はいらない。
もう一つは、ほとんどの史書にないが、民衆が天皇制国家に構造に意識的に組み込まれていたわけだが、それが制度や機能は述べられていても、精神的位置づけの面ー山形有朋らの教育勅語を血肉化した民衆が、何故容易に昭和10年頃からファシズムの主体に躍り出てくるのか。
教育の二面性を明治政府は仕掛けていた、
東大はじめエリートは天皇機関説が正当な天皇の位置づけであったが、民衆には天皇は現人神として精神的支柱(西欧のキリスト教と同様なモノ)の絶対者と位置づけた教育をした。
即ち、支配者にとって、天皇も民衆も都合よく使える要素に過ぎない。
われわれは、美濃部達吉天皇機関説が排斥されて弾圧されたのは、軍部によってだと単純化しているが、天皇機関説は官僚エリートは当たり前のこととして共有していた。
それが民衆側の天皇了解によって覆された、という点を見逃すと、軍部=悪、国民=被害者の戦後民主主義者とスターリニストのステロタイプに陥るのである。
こうしてみるなら、一部学者などに見られる、大正リベラリズムの系譜が、戦後平和論に綿々と引き継がれ生きてきたなども、苦笑せざるを得ない。
個人に思想が残っても、社会的に共通の善として具現化していなければ、思想は意味をなさない。



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