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保守と排外主義極右を分断してしまえ(1)

(7月20日投票日のFacebooku記載分です)
新田さんの挙げてくれた選挙結果でしかまだ見てないのだが、後で新聞を買いに行く。
なるほど全国選挙区になると、SNSとTVの相乗効果が大きいようだ。
昨日竹田青嗣さんと会っていたが、彼は参政党が伸びるだろうが、自公を削ってくれるからいいことだといってました。
その通りになってますね。
何度もいいますが、約1000万票が、その時の風で浮動票となります。
 参政党もこれはどの得票は今回限りだろう。
しかし、彼らは自民党やJCのように、あるいは公明のように全国支部構築に急ピッチで力を注いでいますから、一定の新たな自民党モドキを作るでしょう。それは維新が関西で完全に自民党を駆逐したように。
しかし憂えることはありません、維新が全国区にならないのも事実。右派ポプラリズムである限り選挙民を政治の実施の中で貫かないと見放されるわけで、維新の凋落もダメ出しされ、あの反知性主義では普通の市民さえアホだと気づき始めたのです。
なお、野党側の結果はチマチマしているのでよく見てからにします。
これまでの私の体感的評価は、どこも支部が弱い、つまり金が、人が無くなって、その対策ができていない。
電話しても粗雑だ。
SNSに依存しきりで、全国支部をしっかり作れていない。
SNSさえ駆使できていない立民党を見よ。
キャッチが明快に胸に突き刺さらない。れいわの学者の理論が山本太郎ら幹部が不消化で、単純明快さに欠けている。
大衆に下ろした時ターゲットが参政党同様浮遊層なので、理解しにくい。
特にリフレ派理論は、財務省やエリート経済屋への退場を主張するものであるため、岩盤へ釘を打つようなもので元全共闘やリベラルも躊躇した。同時に元全共闘や労組や学者の支持も多かった。
参政党批判を、イデオロギー的にしてもダメだと書いたが、既存のリベラル(ジジイババア)はよく分かっていない。
旧来の右翼と違うのは、国民リスクを「社会的引き受け=大きな政府」論として展開したことだ。
右翼と言えば、いままで「社会的引き受けしない(自己責任)=小さな政府」であったが、時代は右翼まで庶民の暮らしに配慮しなければならないほど、時代はそこを突き、戦争と暗黒の時代に入っているということだろう。
ただ、亡びる時は、明るく熱狂をもって亡びるということも歴史の示すところである。



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