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参院選緒論雑感ー排外主義右翼参政党の支持率とは何か、そして丸山眞男論

政党支持率伸長について左派からの批判がやっと出始めた。
しかし原因については新しもの屋が乗っかっているという指摘だ。
これはずっと否定できない要因で、前回衆院選でみれば、自民維新が大幅に得票数を減らし、その約8~900万票が国民民主、れいわ、参政党へ配分された。
リベラル風情の床屋政談屋や、既得権益マスコミ劣化コメンテーターなどが、立民党と共産が連携して人気がない、などとしたり顔に言っているが、間違いである。
立民党は、ほぼ1200万票に回復し、衆院選の前の選挙で安倍に大敗した以外はずっとこのラインを保持している。
 つまり、新興はブルジョア民主どころか、復古的国権主義ばかり出てきたので、自民と維新が打撃を一番くっている。
600~800万票ぐらいは、常に浮遊票であっち行ったりこっち行ったりしてきているのだ。驚くことはない。
だが自民も安倍妄想政治家がいなくなったことで、極右が後景に退き、それが物足りない田舎もんが第三極を支持。また石破は田舎党員ではずば抜けて支持が高い。
それらを見ていくと、自民はそれほど落ち込もはなく、ほぼ横ばいだろう。1400~1600票程度で本来の自民党に戻っているのである。
参政党は一言で言えば、日本会議の劣化出がらし番茶みたいなもんで、神谷宗弊など、極右本流には歯牙にもかけられずとうとう安倍に繋がることもできなかった。詳細は省くが、極右派でも決して評価されていないと聞く。
しかし、時代はときに無能な人物をリーダーに選ぶ。
ヒットラーゲッペルスである。弱小であるがゆえに徹底的に国民の欲望を聞き、悪しきポピュリズムに長けた統制をするのである。従って原因分析は、昭和の評論家的視座からはもっともらしいが実態を掴みそこなう。
なぜ参政党がにわかに支持を上げたか?
それは一にも二にも在日外国人への日本人優越的排外主義だ。
他の政策など知らない、また国民も他と似たようなもんだと思っている。
このイシュウがヒットしている。
移民問題を明確に語っているのは参政党とれいわ新選組だけだ。
他党は語っていても、極めてステロタイプだ。
このイシュウは、参政党とれいわは真逆なのだが、支持者の民度が低いため、重なっている人々が結構いる。
参政党は、外人鬱陶しいから入れるな、規制を厳しくして排外主義そのものの国粋主義である。
参政党を理解するには、外人鬱陶しい、家父長制度、男尊女卑、この三つのキーワードですべて話が成り立っている。難しく考える必要はない。
れいわは、現在までの自民財界の奴隷労働としての外国人労働者の受け入れは、やめよという意味で政策変更を提示している。
搾取の対象、自国労働者の低賃金圧力要因となる、移民を制度的に整備し彼らの不安除去、人権システム構築、それらによって治安安定化を図るというものである。
つまり、一昨日の朝日のデータであったか、外人犯罪率と日本人犯罪率が12%で並んだ、というのだ。
数とすれば圧倒的に外人犯罪は少ないが、率としては同じ。
今後ますます外人は入ってくる、犯罪件数は増えることはあっても、減ることはない。日本人件数は、多分減ることはあっても増えることはないとみるのが妥当だろう。
つまり、中国人の民泊問題、大阪の中国特区問題、上海電力問題、なぜ大阪に中国資本優遇策が集中しているのか?
橋下徹が、知事市長時代に、頻繁にお忍びで上海を訪れ、某風俗店に通ったという中で、何か関係しているのか?
これらは極右政治集団が追及しているが、日本のリベラル派は押し寄せる外人問題に極めてあいまいでゆるい。
古く多い日系ブラジル人に移民認定しないために、彼らは永住可能かどうか不透明のまま子供の教育にも中途半端で、二世三世の市民社会不安定化の危惧がされると専門家も指摘していた。
つまり、地域的な特殊であったものが、今やデマもてつだって、日常生活の不安の中にないまぜになって迫ってきている、という風にみないとEU諸国の病気に感染するだろう。
本日哲研で丸山眞男の『日本の思想』を論議したが、小生は三度目の読書で改めて啓発された部分があった。
丸山批判の加藤典洋は、極めて現今の排外主義問題の欠落を指摘している。
福沢諭吉に丸山は心酔していた。福沢が当時とすれば最も西洋を知り、開国を是としていたが、維新後慶応義塾を開校した頃、自分の愚かさを猛省する。
それは中岡慎太郎の書いた「攘夷はアメリカ人もイギリス人を排除するためやった正義であり、万国の『公論』である」という主張に納得する。
また、塾生の中津藩攘夷派だった者が、福沢が鎖国攘夷派崩れに狙われていると解って、英国領事館から警護の申し出があった。その彼が「いくら危険があっても、これは日本人の問題で英国人に守ってもらうことではない」と主張。福沢はこの時いたく感動して、攘夷派の中にあって自分に欠けていたものを痛感する。そして『学問のすすめ』を書く。
加藤は、日本人の万機公論が最も盛んだったのは攘夷派の浪士=テロリストたちであって、丸山が安部定信の万機公論の呼びかけであるという点を間違っている、と指摘。
すなわち、攘夷という排外主義があっという間に開国へ転轍し、福沢がバカにしていた者たちが、廃藩置県と平等主義まで政治体制をひっくりかえす柔軟性のなかに、攘夷派の排外主義の美点を見いだせない丸山は西欧モデルの網をかぶせただけではないか、と批判している。だから思想の柔軟性とは何か、に切り込めていないのだと。これが最も重要なのに⋯。
しかし本当の問題はここからである。
明治政府を担った柔軟な明治の知識人も政治家も、攘夷という排外主義を恥ずべきものとして密封してきた。
なぜ維新運動で、下層庶民の共感をえて、革命の原動力たりえたのか、その研究は一切封印されて昭和10年代に入って、疑似革命昭和維新の排外主義が起きた。
戦後また排外主義が大衆の一定の基盤のうえに蔓延してきた。
この繰り返しは、攘夷派の評価と検討を封印してきた故ではないか、と加藤は述べている。
(書きなぐりご容赦)



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