取り急ぎ、精神医療長期入院国賠償研でご指導いただいている塩満卓教授の著書が先日発刊されたと連絡がありましたので、紹介させていただき、政府のかかげる「地域医療への転換」が、掛け声の美しさとは別に、逆行する地域あげて患者の孤立化へ追いやる危険性があるようです。
私も、まだ十分理解しているわけではないのですが、一つはっきりしている問題は、両親の高齢化と病気の子供を残して逝かねばならない宿命に、両者が大きな不安を感じていることだけははっきりしています。
ケアーの中核を家族に置いてきた現行法は、今大きな矛盾を突きあたっています。
また、患者の高齢化で死亡、ドル箱であった囲い込みの長期不必要入院が成り立たたなくなって、精神病院の経営危機が明らかになってきた。
こうした転換期の方針転換が上手くいくためには何が問題なのか、人権侵害が世界で最も多い日本の課題として、塩満教授はこの書を上梓しました。
ぜひ、多くの人に読んでいただきたいと思います。
なお、専門書で高めですので、個人で購入できない方は、ぜひ図書館で購入依頼してもらってください。お願いします。
著者:塩満卓(佛教大学教授、精神保健福祉論・家族支援論)
書名:「ケアの脱家族化」
出版社:法律文化社
発効日:2025年3月
価格:6380円
前書き:
まえがき
親によるケアは,必ず消滅する。わが国の障害者施策は,この自明性を直視
した制度設計を採っていない。その結果,「地域移行」とは,全く逆の現象が
潜行している。親によるケアの消滅後,地域から施設や病院へという「施設病
院移行」という現象である。親のケアに過度に依存するわが国の「残余的福祉」
システムは,結果として,ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)とは
対極にあるソーシャル・エクスクルージョン(社会的排除)をつくるシステム
として機能している。筆者は,「親亡きあと」問題の本質は,親のいる間にケ
アを脱家族化する制度と実践の不在にある,と考えている。本研究の出発点は
そこにある。
本書は,筆者の博士論文「統合失調症ケアの脱家族化を志向するソーシャル
ワーク実践─親・本人・精神保健福祉士へのインタビュー調査の分析から」を
修文し,書籍化したものである。本書の主題である統合失調症ケアの脱家族化
の特徴を明らかにしていくために,第3章では,全身性障害,知的障害,薬物
依存症ケアの脱家族化実証研究のメタデータ分析を行い,それぞれのケアの脱
家族化の特徴を抽出している。それゆえ,統合失調症だけでなく,隣接する領
域におけるケアの脱家族化実践に関係する読者をも射程としている。
本書は,以下のとおり序章と終章を含む全7章で構成している。博士論文の
体系は,序章第4節図序─4─1に示しているので,本書を手にした読者は,そ
れぞれの知識や問題意識に応じて,好きな章から読み始めてもらえればと考え
ている。以下,それぞれの章の概要について,簡潔に記しておきたい。
序章は,研究の動機,研究の背景,研究目的・方法・意義,論文の体系と主
な内容,の4節で構成している。第1節の研究の動機では,なぜ,「ケアの脱
家族化」実践モデルが必要なのか。筆者の実践現場で出会ったいくつかの事例
をもとに述べた。
第 2 節の研究の背景では,4点について論じた。1点目は,時代とともに変
容していく家族の規範意識(杉井:2018)を紹介し,精神保健福祉法が現代の
まえがき i
家族規範ではなく,近代の家族規範に基づいていることを言及した。2点目
は,統合失調症親の幸福追求権が阻害されていることについて,家族会の大規
模調査結果をもとに紹介し,憲法上,国連の女性差別撤廃条約及びILO156号
条約,障害者権利条約,4点の視角から論究した。3点目は,実践課題として
の「親元からの自立」について,社会保障審議会障害者部会の報告書(2008,
2022)において言及していることを紹介し,未だ施策化されていない問題につ
いて触れた。4点目は,家族周期説及びライフコース理論を紹介し,なぜ「ケ
アの脱家族化」支援が必要なのかを論じた。
第 3 節では,研究目的・方法・意義について述べ,第4節では,論文の体系
と主な内容について,述べた。
第 1 章統合失調症家族は,統合失調症の家族研究,統合失調症家族の制度的
位置,家族会とニーズ調査,の3節で構成している。第1節の統合失調症の家
族研究では,家族病因論,EE(Expressed Emotion)研究,ストレスコーピング
モデルを紹介した。家族は治療の対象から教育の対象へと立ち位置を変え,再
発防止に寄与したが,いつまで教育の対象とするのか,期間の定めが無いこと
の問題を言及した。
第2節の統合失調症家族の制度的位置では,監護義務者制度(1900)から現
行の「家族等」に至るまでの家族に対する呼称と課せられる義務・任務につい
て,経時的に紹介した。そのうえで,家族等が強制入院の一形態である医療保
護入院の代諾権を持つことの問題について,家族会大規模調査結果及び諸外国
の強制入院との比較から批判的に論じた。
第 3 節の家族会とニーズ調査では,ライシャワー事件を契機に家族会が全国
組織化していく経緯,家族会の大規模調査結果から本人疾患名で統合失調症の
比率が高いこと等,大規模調査の概要を紹介した。
第 2 章統合失調症の生活障害と家族によるケアは,統合失調症の生活障害,
ケアの先行研究と用語の定義,同居家族による統合失調症ケア,の3節で構成
している。第1節の統合失調症の生活障害では,統合失調症の生活障害に焦点
化し,ICIDH,ICF,IADLの視角から先行研究をレビューした。
第2節ケアの先行研究と用語の定義では,「ケア」及び「ケアの脱家族化」
に関する先行研究をレビューし,それぞれを操作的に定義した。J.Twigg&K.
ii Atkin(1994)の「ケアラー支援の4つのモデル」,上野(2011)の「ケアの人
権アプローチ四元モデル」,諸外国におけるケアラー支援の法制度と実態等に
ついて,紹介した。
第 3 節同居家族による統合失調症ケアでは,家族会の大規模調査結果から,
家族による本人へのケアの実態について紹介し,ICIDH,ICF,IADLの知見
から,統合失調症に求められるケアについて,演繹的に考察した。
第 3 章隣接領域におけるケアの脱家族化をめぐる実証研究は,ケアの脱家族
化実証研究の抽出,全身性障害ケアの脱家族化実証研究のレビュー,知的障害
ケアの脱家族化実証研究のレビュー,薬物依存症ケアの脱家族化実証研究のレ
ビュー,3領域におけるケアの脱家族化の比較検討,の5節で構成している。
第 1 節では,実証研究の抽出を行い,質的研究のメタ統合の方法について,
Paterson ら(2001=2010)の分析の方法論を述べた。
第 2 節では,全身性障害ケアの分析対象文献3本の概要を記し,5つの着眼
点に基づき,メタデータ分析し,メタ統合を行い全身性障害ケアの脱家族化の
特徴に言及した。第3節知的障害及び第4節薬物依存症の実証研究について
も,第2節と同様の分析を行い,それぞれの特徴に言及した。
第 5 節では,全身性障害,知的障害,薬物依存症ケアの脱家族化について,
比較検討した。共通するのは,以下の3点である。1点目は,本人と親のパ
ワーバランスの優位な方が起点となっている。2点目は,親がケアすべきとい
う社会的文化的背景があること。3点目は,ケアの脱家族化において,ピアの
影響が大きいということである。
第 4 章統合失調症ケアの脱家族化実証研究は,統合失調症母親6名への質的
調査,統合失調症本人9名への質的調査,統合失調症ケアの脱家族化の特徴,
の3節で構成している。
第 1 節統合失調症母親6名への質的調査では,ケアを脱家族化した母親のイ
ンタビューデータを分析した。分析の結果,親がケアを丸抱えする「孤軍奮闘
期」,親自身が「ピアな仲間と交流する期」,手段的ケアを「社会的ケアへ委ね
る期」の3期に時期区分された。起点は,全身性障害,知的障害,薬物依存症
と異なり,本人,姉,主治医と多様である。
第 2 節統合失調症本人9名への質的調査では,ケアの脱家族化のパターンと
まえがき iii
して「一般的なパターン」,「独立後に定位家族へ戻るパターン」,「親が転居す
るパターン」,「同病仲間と生殖家族となるパターン」の4つの類型を生成し
た。いずれのパターンにも共通するのは,以下の4点である。1点目は,頼り
になる専門家との出会い,雰囲気の合う福祉施設という「人」と「場」の獲得
がみられた。2点目は,ピアとの交流により,病気・障害を受けとめられるよ
うになっている。3点目は,空間的に独立した暮らしを営むことにより,親と
新たな関係を築いている。4点目は,独立後に定位家族に戻るパターンを除い
て,親元からの自立後には訪問系の重層的なサービスを利用している。起点
は,本人,専門職,親,姉と多様である。
第 3 節統合失調症ケアの脱家族化の特徴では,第3章における3領域との比
較検討を行いった。ケアの脱家族化における統合失調症固有の特徴として,起
点が多様であること。親と本人の認識するパワーバランスにズレがあり,お互
いに劣位にあると捉えていること。ソーシャルワーカー(MHSW)が親・本人
双方へ伴走的に関与していること,3点があげられる。
第 5 章統合失調症ケアの脱家族化ソーシャルワークの実践モデルは,統合失
調症ケアの脱家族化実証研究の概要,ケアの脱家族化ソーシャルワークの実践
モデル,親によるケアから社会的ケアへの移行プロセス,の3節により構成さ
れる。
第 1 節統合失調症ケアの脱家族化実証研究の概要では,分析焦点者,研究方
法,研究目的等について述べている。第2節ケアの脱家族化ソーシャルワーク
の実践モデルでは,M-GTAにより生成した28概念,5カテゴリーによる結果
図とストーリーラインにより,実践モデルを提示している。現象特性である5
カテゴリーは「家族ケアラーを発見」,「内在化された偏見へ寄り添う」,「現実
的な目標を紡ぐ」,「本人と親の思いのズレの調整」,「本人・親・サービスへの
目配り」である。統合失調症ケアの脱家族化実践モデルにおける本人と親との
関係性は,本人の強い意思を要件とする全身性障害のように距離がある関係で
もなく,グループホームから週末は必ず実家に泊まる知的障害のようにウェッ
トな関係でもなく,「家族であっても私は私,あなたはあなた」という薬物依
存症者のようにドライな関係でもない。換言すれば,ウェットとドライを足し
て2で割ったような関係ともいえる。
iv
第 3 節親によるケアから社会的ケアへの移行プロセスでは,5つの現象特性
ごとに,手段的ケア,情報的ケア,情緒的ケアが何を契機にどのように移行し
ていくのかを図解とともに,論究している。親元からの自立を契機に親による
手段的ケアが専門家へ委ねられ,親による情緒的ケアは保持されていることを
明らかにしている。
終章総合考察は,実践モデルの理論的妥当性の検討,ソーシャルワークへの
示唆,本研究の意義と残された課題,の3節により構成されている。第1節実
践モデルの理論的妥当性の検討では,現代家族の価値規範からの検討,家族周
期説及びライフコース理論からの検討,ケアラー支援の4つのモデルからの検
討(Twigg, Atkin:1994),ケアの人権アプローチ四元モデルからの検討(上野:
2011),の 4 点から検討した。
第 2 節ソーシャルワークへの示唆では,提示した実践モデルからミクロソー
シャルワーク,メゾソーシャルワーク,マクロソーシャルワークについて,そ
れぞれ論究した。第3節では,本研究の意義と残された課題について述べた。
最後に,筆者を「ケアの脱家族化」研究に駆り立てた2つのことについて,
記しておきたい。1点目は,家族教室や家族会での筆者は,親によるケアを続
けさせることを目的としていたのではないかという反省である。統合失調症の
親を主な対象としていた家族教室は,再発防止効果を肌で感じ,専門職として
少しばかり自負もしていた。ところが,ある家族教室の終了時,手押し車で参
加されていた高齢の母親が「塩満さん,これまで勉強させてもらい有難う。
もっと若い時にこんな教室に出会っていたら……今月,高齢者施設へ入所する
ので,今日が最後になります。皆さんもお元気で」と,挨拶された。筆者は
ハッとした。高齢の親をも教育の対象とし,退院後の受け入れを準備させてい
た家族教室とは,一体何なのか。筆者は,親をケア提供者としてしか見ていな
かったのではないか,と猛省した。
また,80歳を過ぎた家族会の役員さんは,車の中で以下のように話された。
「塩満さん,毎月1回,娘の入院費の支払いで病院へ行き,面会するの。面会
室では,持って行ったお菓子を機嫌良く食べるのね。嬉しいのはその時だけ。
お菓子を食べ終わったら,お母さん連れて帰って!とせがまれるの……私も年
をとり,自分のことだけでたいへんなの。だから家へは連れて帰れないの……
まえがき v
そう伝えると,娘はプイっと横を向いて,面会室から出て行くの……毎月,同
じことの繰り返し。塩満さん,実は私とっても辛いの……」,と。筆者は,返
す言葉を持たなかった。家族会では,弱音を吐かない役員さんの胸のうちを初
めて知った。
親によるケアは,時間の限定を伴うものである。そのことを筆者に気づかせ
てくれた2つの出来事であった。例えば,子どもが急病で入院治療となった場
合,親は集中的に子どもをケアする。ケアを続けられるのは,終わりが見える
からである。他方,子どもが統合失調症に罹患した瞬間から,親はゴールの無
いマラソンのようなケアを強いられてしまう。筆者の行っていた家族教室は,
そのことを促していたのではないか。自負が猛省へと変容した瞬間である。
2 点目は,海外の精神医療保健福祉の視察で得た気づきである。最も大きな
影響を受けたのは,デンマークとイギリスである。デンマークの子どもは,成
人すると親元から独立して暮らす。子どもに障害があっても同じである。成人
後も親のケアを受けて暮らす日本の障害者のドミナント・ストーリーの対極に
ある。そのことを可能としているのは,所得保障,住宅保障,日中活動とパー
ソナルアシスタンスが制度整備されているからである。
イギリスは,「ケアすることを強制されない権利」が親に付与されている。
第2章第2節第6項で詳述しているように,イギリスは,世界初の介護者支援
の単独法(Carers Act)を成立させている。統合失調症の子どもを「ケアする
権利」と「ケアすることを強制されない権利」,親には選択権が保障されてい
る。ケアする権利を行使すると,失職に伴う逸失利益の保障として,介護手
当,年金や税の減免等の制度整備がなされている。また,ケアする権利を行使
した後でも,親によるケアから社会的ケアへと移行することも可能としてい
る。
デンマーク,イギリスいずれの国も,親業に時間の制限を設け,ケアを社会
化している。成人後も無償のケアを親に強い,ケアを私事化させている日本の
対極にある。家族によるケアに依存する日本の「残余的」福祉システム,この
システムの自明性を疑う視座がソーシャルワーカーには求められている。悪い
制度に誠実に従うソーシャルワーカーであってはならない。ソーシャルワー
カーは,過去「是」としていたものを,次の時代「非」としていく中心的な存
vi
在でなければならない。パールマンの6つのPのひとつprofessional person
(専門職)のprofessには,「公言する」という含意がある。筆者を「ケアの脱
家族化」研究に駆り立てたのは,筆者の職業としての本籍地がソーシャルワー
カーであるからである。
2025年 2 月
塩満 卓