とにかく無事でよかった。風が強く波が高かったそうだ。
世に知られている京大・四高生ボート部琵琶湖遭難事件だ。
従兄叔父のことを書こうと取材に訪れたが、郷土資料館の方々には大変丁寧な対応をしていただき感謝している。
結局書かずじまいに終わった。
当時大学時代の二つ上の先輩が金沢大学副学長をしていたので、資料を捜してもらった。
先輩は、お母さんが生存中はお止めなさいと、お母さんの悲しみを思い出させることになるのは善くないと言った。
なるほど、人物伝を書くモラルのようなものを教えられた。
資料館には毎日の村人の大捜索活動の新聞切り抜きもしっかり残されていた。
私が入学したころは、先輩から必ず伝承されていた。
いま、もう京都の学生でも知っている学生はほとんどいない。