とうとう維新の会の凋落と内部分裂の兆しが見えてきた。
この佐高と西谷の維新ネタに見られる、強いとされていた大阪南部で選挙に敗北が続いている。ここで更に追加しておかねばならないのは、一昨日報じられたように、吉村知事の地元河内長野市市長選に維新は候補者を立てられづ、無党派の相手候補に不戦敗を喫したことである。
さすがのアホ大阪人も、こっれだけの不祥事とデタラメとガバナンス能力の極まりない低さに気が付いてきたか、という憶測が飛び交わっている。
特に万博と松井の趣味でしかないカジノが将来莫大な大阪府民の借財となって、子供どころか孫の代まで襲ってくることにアホなアホなほんまにアホな大阪人も気が付いたのかもしれない。
土曜日マックで見ず知らずの出会った高校生7、8人に尋ねてみた。
君らもう選挙権あるやろ、万博の負担金赤ん坊も含めて一人5万円負担、4人家族なら20万円負担ということ知ってるか?と訊くと、一瞬エッと固まったが全員しらないと。
そして説明してあげようとしたら、関係ねーよ、とか、興味ないというそぶりでまたスマホに夢中になった。
高校名を訊くと、府立私立ともに偏差値ランキングでは最下位クラスの生徒たちだった。まあこの手の連中が大人になって、維新に信者になるのだろうとまざまざと感じたのだが、鬱々として帰宅した。
高校は選挙権があるのだから、もっと政治社会の教育をしっかりしろといいたい。
この教育長からヒラメの校長教師ばかりで維新にこびへつらっている教師ばかりだ。
お陰で、大阪府はいよいよ教師が不足してきて、新卒は京都兵庫に逃げてしまった。
それが橋下知事のときから始まったため、この10年ちかくに採用された教師は二流三流だと推測できる。もちろん立派な青年教師も少数ではあるがいるだろう。白井聡が教員志望の大学生の動向をそのように実感を語っているわけだから、嘘ではないだろう。
私はもう30年も前から、高校に哲学の教科を設けよと言い続けてきた。
社会が複雑化する中で、「よりよく生きる」とか「よりよい社会はどうあるべきか」とか「正義とは何か」というギリシャいらいの課題に、人類がどこまで思考を高めてきたか、それを受け継げるように、国民である限り確実に理解させて社会へ送り出すべきではないか。
民主主義は、必ず衆愚政治を招き、崩壊をもって独裁政治に転位を繰り返してきた。
アメリカのトランプ優位、イスラエルのジェノサイド、ドイツのArF(極右)第2党躍進、フランスのルペン(右派第二党党首)の政権入り、日本自民党(右翼政権)などなど、いずれも戦後民主主義と思われてきた代表的な国家である。
ただこの時我々は独裁政治の表象をナチスドイツや天皇制ファシズム思い浮かべるのでは間違う。そうではなくて、生身の体一つ一つを資本に従属させるパプティコン体制であって、目に見えぬハイテクを駆使して構造化するのであって、ジジイババアらの頭ではつ行けいけなくなっているほど巧妙化していくのである。
国家や行政側から、横文字の意味不明な単語で政策が出てきたときは、明らかに国民のためではなく、資本蓄積過程への新たな組み込みが企図されていると警戒を怠らないことだ。