アジャイルコーチとして独立するために2025年2月末に会社を立ち上げ、本稿執筆時点で2社のクライアントにコーチングを提供しています。
独立後のアジャイルコーチングにおいては、私自身の過去10数年のアジャイルコーチとしての知識・経験だけに拘ることなく、ここ数年見聞を広め準備してきた以下のスキルも活用しています。
- Scrum Allianceのアジャイルコーチングに関するMicro-credentialsを通じて習得したスキル *1
- ICF (International Coaching Federation)系列のコーチングの学校で習得したプロフェッショナルコーチングのスキル
- チームだけではなく組織全体を一つのentityと見立ててアプローチするSystems Coachingのスキル
これらのスキルを活用し、実際にアジャイルコーチとして振る舞ってみての実践的な気付きや改善点などを記録していこうと思います。
今回は特に、「黙る」スキルについて記します。
目次
これまでの反省点
アジャイルコーチとしての私の過去の活動の反省として、クライアントの役員やマネージャーから「メンバー・チーム・組織の成長よりも、早急にプロダクトをリリースすることを優先して欲しい」との要望・依頼をされることがあったこと、またその際にコーチである私がクライアントにあれこれ作業指示をしすぎてしまったことが何度かあったことがあります*2。
クライアントの知識やスキルが乏しく自律的に考え行動できない状態の場合は、コーチングよりもティーチングや作業指示を優先した方が良いことは、プロフェッショナルコーチングでも言及されています。
しかし、私自身が「クライアントをコントロールしている」全能感に飲み込まれ、過度に指図を行ってしまい、結果クライアントから「言っていることは正しいけれども厳しすぎた」というフィードバックを受けた過去は、アジャイルコーチを名乗る以上一生背負っていかなければならない十字架だと認識しています。
上記の反省を踏まえ、現在のアジャイルコーチングでは、特に以下の3つを意識しています。
- 「傾聴」に徹する
- 許可を得てから教える
- 「プレゼンス」で「語る」
1. 「傾聴」に徹する
ここでの「傾聴」は、「クライアントの話を、途中で遮ったり質問したりすることなく集中して最後まで聴き、受け止めること」を意図しています*3。積極的な質問・相槌・リフレクション(言葉を返す)・ペーシングといった「積極的傾聴」を全くしないわけではないですが、より「聴く」ことに重きを置いています。
私が「傾聴」に関して特に意識していることは、次の3つです。
(1) 話しすぎない
これは文字通り、クライアントとの会話の際に、コーチである私自身が話しすぎないということです。
コーチングにおける傾聴の効果の一つに、「クライアントが『自分の話を十分に聞いてもらえた』という体験を得られる」ことがあります。この体験はクライアントにとって、「自分自身を尊重してもらえた」という感覚となり、ひいては自分の意見を言える安心感(心理的安全性)、およびコーチへの信頼感にもつながっていきます。
経験の浅いスクラムマスターやアジャイルコーチの中には、クライアントから会話を引き出そう、議論を円滑化させようという「善意」から、自発的に様々な話をする人がいます(私自身も初めはそうでした)。しかしそのような振る舞いは、たとえ「善意」から発したものであっても、クライアントにフォーカスするのではなく、スクラムマスターまたはアジャイルコーチが会話の主導権を握る形となります。そしてこれは結果として、クライアントの発言機会を奪い、クライアントが自身の課題やゴールに向き合うことを妨げます。
私は前職での上長との1on1で、上長が会話の90%以上を占有し、私の話を途中で遮り一切耳を傾けることなく、上長自身の考えを私に一方的に押し付けられ続けるという体験をしました。この体験は、後に自身のBurnoutの主要因になりました。この体験を踏まえ私は、元上長を反面教師として、コーチである私自身が話しすぎないことを強く意識し行動しています。
(2) 自身の価値判断を一旦脇に置く
これは、クライアントの話を聞く際に、自分自身の価値判断を一旦保留し、評価や判断をすることなく、集中して聴くということです。
クライアントが話す内容には、コーチである自分自身の価値観や判断基準とは異なる/反するものが含まれることがあり得ます。しかし、都度会話を遮ってそれらを指摘すると、クライアントは萎縮してしまい、自分の考えを表明することへの「恐れ」を感じるようになります。そうした「恐れ」は会話の透明性を損ない、結果としてクライアントの自発的な課題発見・解決・成長を妨げます。
少し話は変わりますが、最近書籍『The Fifth Discipline』(日本語版タイトルは)を読み進めています*4。この書籍の第11章「Team Learning」で、アメリカの理論物理学者のDavid Bohmが、チームの学習を促進するための対話(dialogue)に必要な条件の一つとして、「仮定を保留する」ことを挙げていることが記されています。これは、対話の参加者が自身の仮定を一旦保留することで、各自が対話の内容に集中できるようになり、結果対話の流れが促進される(超意訳)ことを指します。まさにこれが、「自身の価値判断を一旦脇に置く」ことで私が実現したいことそのものです。
(3) クライアントの話を全て「受け止める」
これは、上記 (2) の「自身の価値判断を一旦脇に置く」とも被る部分がありますが、評価や判断をすることなく、クライアントの話を一旦全て受け止めることです。
ここでのポイントは、あくまで「受け止める」であり、「受け容れる」ではないことです。
クライアントの話を十分に聴くことの効果と重要性をこれまで記してきましたが、これらは、コーチがクライアントの考えに賛成・賛同し受け容れることとは違います。コーチの役割は、クライアントの自発的な課題発見・解決・成長を支援する「触媒」として振る舞うことです。そのためには、クライアントの考えに賛同するのではなく、中立であり続けることが重要です。またクライアントも、自分の考えをコーチに十分に「受け止められる」ことで、コーチから質問やフィードバックを受ける心の準備ができます。
これは伝わる人が限定されることを承知で書きますが、上記はプロレスと同じことだと私は考えています。プロレスは、相手の攻撃に対してしっかり受け身を取ることで、攻撃の威力やインパクトを観客に伝えられ、結果として攻防のラリーが白熱したものになっていきます。コーチングの対話も同様で、いかにクライアントの発言を受け止めて次につなげるかが、対話を有意義にするポイントだと私は考えます。
2. 許可を得てから教える
これは、クライアントに対して何かを教えたりフィードバックを行う際は、必ず事前にクライアントの許可を得てから行うことを指します。
私は過去、クライアントに対して「良かれと思って」一方的にあれこれ教えすぎて、不快な思いをさせてしまったことがあります。また私自身、前職で上長から、頼んでもいないのに一方的なフィードバックを受け続けて心を病み、退職しかかったことがあります。そうした体験から、クライアントが望まないことを教えたりフィードバックをすることは、お互いの関係を壊すものとして徹底して避けるようにしています。
さらに、プロフェッショナルコーチングをイチから学んだことで、クライアントに対して何かを教えたりフィードバックを行う際は、必ず許可を得てから行うことが基本なのだと理解しました。
一方でプロフェッショナルコーチングでは、クライアントの知識やスキルが乏しく自律的に考え行動できない状態の場合、「どうすれば良いと思いますか?」といったコーチング的な質問は、却ってクライアントのフラストレーションを溜めてしまう悪手であるとも教えています。そのような場合、私は以下のようにアプローチするようにしています。
- クライアントに対して、「(xxxについて)知っていますか?」と質問する
- クライアントから「知らない」との回答があった場合、「私はxxxについて教えられますが、いかがですか?」と確認する
- クライアントから「教えて欲しい」との回答を得られたら、初めて教える
- この際も都度、どこまで教えて欲しいかをクライアントに都度確認しながら進める
教え魔は自己満です。クライアントの自発的な課題発見・解決・成長を実現したいのであれば、そうした自己満からの卒業が必要だと私は考えます。
3. 「プレゼンス」で「語る」
これは、特に議論の場において、私自身が主体的に話したり議論をリードするのではなく、その場に存在し続けることでクライアントを後押しすることです。
より具体的には、(1) 発言しているクライアントの目を見て話を聴く、(2) クライアントの発言内容にうなずく、(3) クライアントの発言後、議論の場にいる人全員をしっかりと見ることで、クライアントの発言・議論を後押しすることを指します。
このアプローチは、上述の傾聴の「話しすぎない」と組み合わせることで、クライアントが安心して自分の意見を言えるようになることに加え、クライアントが発言に自信を持てるようになります。
それまでアジャイルの経験がないクライアントにとっては、はじめは何事につけて不安を感じるものです。そうした不安を減らし、自発的に自信を増やす。その観点でこの「プレゼンス」で「語る」アプローチは、自分が想像していた以上にクライアントがどんどん自信を持って議論するようになってきていて、大きな効果を今まさに体感し続けているところです。
まとめ
以上「黙る」スキルについて記してきましたが、そのポイントとして私は、コーチがスポットライトを浴びることなく、クライアントにフォーカスし続けることなのだと考えています。
ちなみに先日公開されたScrum Guide Expansion Packに、"A Scrum Master doesn't seek the spotlight." との記述をみつけました。まさにこれなのだなと。
また、意識して適切に「黙る」ことが、私が思っていた以上にクライアントの成長につながるのだなと今まさに実感しています。この辺りも含めて、アジャイルコーチング・プロフェッショナルコーチングにはまだまだ学ぶことがたくさんあるなと、今後が楽しみになってきています。
さて、年明け1月開催のRegional Scrum Gathering Tokyo 2026(RSGT2026)に、『Well-beingの「スキル」 〜 Burnoutを乗り越えるためのアジャイルコーチング概論 〜』と題して、今回のような内容を含めアジャイルコーチングについて語る内容のプロポーザルを出しています。
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*1:詳しくは以下を参照。
- アジャイルコーチの基礎を体系的に学べる公式コースを受講しました
- アジャイルコーチの実践的スキルを学べる公式コースを受講しました
- アジャイルコーチの実践スキル 1000 本ノックをクリアしました
*2:最後にやったのは2022年で、その反省からコーチングなどを本格的に学ぶようになりました。
*3:ちなみにGoogleの「AIによる概要」によると、「傾聴」の定義は以下を指します。
- 相手の話に耳を傾け、理解しようと努める姿勢全般
- クライアントの話に耳だけでなく心も傾け、共感的に理解しようと努めるコミュニケーション技術
*4:モブプログラミングの創始者の一人であるChris Lucianさんに年初にお会いした際に勧められ、購入して読んでいます。