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【2119冊目】津島佑子『狩りの時代』

 

 

 



今年2月に亡くなった著者の、遺作。ダウン症だった著者の兄の存在が取り込まれているが、他にも、著者自身の記憶が網の目のように織り込まれているようである。

「差別の話になったわ」と娘さんに語ったのが、亡くなる前の年の暮れ。だが、差別の対象となっている主人公・絵美子の3歳上の兄、耕一郎はずっと前、15歳の時に肺炎で亡くなっている。具体的な差別発言も、絵美子が10歳の時に投げかけられた「フテキカクシャ」という一言だけ。だがこの一言が、鉛のように絵美子の心の底に沈んでいく。

言葉を投げかけたのは、同年代のいとこである晃か秋雄のどちらかだ。大人に聞いた言葉を、どうやら腹いせまぎれに投げつけたらしい。それにしても10歳かそこらの子供の発言だ。だが、絵美子はその言葉を忘れられず、許せない。それが「不適格者」であって、ナチス・ドイツの優生思想に基づくものだと知ったからだ。それは兄の耕一郎の存在そのものを抹殺する言葉であった。

そこに、もうひとつの「記憶」が重なる。絵美子の伯父・叔母らの子供時代であった戦中期、来日したヒトラー・ユーゲントを見に行った時に起きた「事件」だ。その内容は本書の終わりの方ではじめて明かされるのだが、これが「差別」をめぐるもうひとつのトラウマになっていく。

いずれも、事件としてはそれほど大きなものではないかもしれない。だが、それだけにずしりと重く、心にのしかかるようなものなのだ。こういう本を読むと、「差別はやめましょう」のようなスローガンがいかに空疎なものかがよくわかる。10歳の頃に投げかけられた言葉が、生涯にわたって心に残る。差別とはそういうものなのだ。






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