
問題ってのは、一箇所に集中しやすいよね。穴や亀裂などの弱点に局所的な負荷がかかる「応力集中」とか、人口密度や行政機能や経済活動が特定の場所に過度に凝縮する「一極集中」とか、特定の知識や能力を持つ人に業務が集中する「属人化」とか。そんなことを強烈に想起する風景を、九州の山奥に架かる石橋を見に行ったときに体験した。
「雄亀滝橋(おけだけばし)」は、灌漑用水路である柏川井手が深い谷を越えるために1817(文化14)年に架けられ、今も現役で機能している水路橋だ。威風堂々たる立派な石橋なわけだが、その山側の様子にはさらにググッと引き込まれてしまった。緑の苔に覆われた切り立った露岩、無理して構築した雰囲気がプンプン漂う大小の砂防堰堤、複数の方向から集まってくる水を捌く流路工。厳しい自然環境が集中しているからこそ生まれた、ワイルドでカオスな土木の眺めである。砂防堰堤などが整備される前はずっと過酷な環境だったであろう江戸時代から、この橋はよく残っているなあと感嘆した。よく見ると雰囲気が違う石材が用いられている箇所があり、しっかり補修がなされていることが確認できた。
ひととおり眺め倒して帰ろうとしたところ、近くに案内看板があったので、よく読んでみた。それは2015(平成27)年から2019(令和元)年に行われた石橋や石積の補修と水路の漏水を防止する工事に関する、いやこれ誰が読むのかと驚嘆するほどの、ものすごく詳細で濃厚なパネル。そこから、ステンレス棒による連結や擬石樹脂モルタルによる断面修復を左官工法で実施し、大きな欠損部は石材板を貼り付けているなど、かなりの詳細情報が確認できた。この常軌を逸した案内板だけでも、多くの人に見てほしいな。
ただならぬ雰囲気の場所には、濃密な時間が経過する土木施設群が凝縮して潜んでいるんだねえ。それらが人知れず下流の土地を潤し、街を支えているのだねえ。