唐突ですが「うだつがあがらない」ということばがあります。
本来「うだつ」というのは屋根の両端に漆喰などでつくられた防火壁のことで類焼を防ぐためのものです。
ところがその防火壁の上に装飾の意味を含めて瓦などを載せた小屋根をつけるようになり、立派なうだつがあることがそれだけの財力があるという間接的な証明を意味するようになり、それができるほど財力がない人をいつのまにか「うだつがあがらない」と評するようになっています。建築と言葉というのは変なところで結びついているのですが、商家の建築というのは「いかにうちに財があるか」ということのさりげない証明になってる場合があります…って前置きはともかく。
うだつのある美濃市の旧今井家住宅というところを週末に見学していました。江戸中期に建てられ(おそらく改築を重ね)た美濃和紙を商っていた商家で
いわゆるうなぎの寝床のような細長い敷地の道路側に店などがあり
奥には複数の蔵があり、店などがある側からのぬかるみを防ぐ石畳が奥の蔵まで続いています。
店の帳場から土間方向の眺めで、帳場の先の座布団と座布団の横に置かれてる火鉢は(美濃市は盆地なので案外寒いので)商談に来た客用で、土間と道路のあいだのいまあるガラス戸は引き戸です。
ガラス戸の内側の木戸ははねあげて天井に引っ掛けることができ、荷車のままの荷物をそのまま土間へ引き込める設計です。配置などおおまかな理解をしたあたりまでは実用本位に見えて「なるほど」などと思っていたのですが。
ガラスついでに書いておくと手前が帳場で裏が上客等をもてなす空間になっているのですが、帳場の部分のガラスは上部中部が透明で外から帳場に人がいるのが外からわかっているようになってるのに対し、奥の部分は中部下部が曇りガラスで中に人がいるのがわかっていてもそれが誰だかわからないようになっていて、上品な工夫がなされているのを見て坂東の田舎者はビビりはじめます。
手漉き和紙はかつて縦30センチ×横40のサイズでそれを接いで障子に張っていたのですが、俗に千鳥張り(もしくは石垣張り)という接する部分をわざと見せる張り方があり茶室などではその張り方をすることがあり、今井家では上客をもてなす帳場裏の空間はその千鳥張りになっていました。和紙の産地なので何ら不思議はないものの、心得のある人が見たら「ほほう」と唸るはず。
そして(水琴窟つきの)庭に面した広間があって一見どってことないのですが、この広間にも工夫がしてあって
庭に面した障子の上に見た目は地味な欄間があり
巧く撮れなかったので画像はないので(ぜひ機会があったら現地で確認していただきたいので)すがその欄間からいざ光が入ると室内に欄間の模様が浮かび上がる工夫がなされていました。欄間のモチーフのひとつは鏡で、光が鏡を通して差し込むという室内がいくらか暗いからこそできる手の込んだお遊びで、くわえて、訊いたところ材は地場の長良杉ではなく遠く屋久島の屋久杉の一枚板を取り寄せていて、値段を考えるとそれらはうだつの上がらない人ではできない芸当で、唸らされています。
ほかの欄間も原料である楮をモチーフにしたとおぼしきものがあり「ウチは紙屋です」という主張もさりげなくなされています。
とってつけたようなことを書くと、微に入り細に入りおそらく施主もしくは施工した棟梁のこだわりが家屋内のあちこちに見て取ることができ、旧今井家住宅はけっこう時間泥棒な建物でした。そしてこだわりが手に取るようにわかるところが工業製品ではない建築の良いところではあって、この建物を残そうとした地元の方には頭が下がります。個人的には「うだつ」を上げた人が本気で建物をこだわって作るとどうなるのか、というのを知れたのがデカかったです。
以下、蛇足です。
美濃市の旧市街は今井家を筆頭に紙の集積で栄えたところで防火に気を付けていたと思われるのですが、美濃市内の旧医院の建物の軒先に置いてあった防火用水の甕がお金のかかっていそうなかなり手の込んだ焼き物で
側面には水を吐くとされる竜があしらわれていました。なんだろ、うだつを上げることができる人たちの住む街の財力とこだわりと金の使い方ってすごかったのかな…と、あらためて「うだつ」と「うだつがあがらない」について認識を新たにしました。残念なことを書いておくと「え、そこまでする?」とこだわりについて竜を発見して笑ってしまったので私は死ぬまで「うだつがあがらない」可能性が高いのですが。















