以下の内容はhttps://gustav5.hatenablog.com/entry/2025/10/26/193000より取得しました。


伊勢崎市田島弥平旧宅見学

鶴舞うカタチの群馬県」という文句のある上州カルタがあり、それを引用すると群馬県を南東へ向かう鶴に見立てたときに首筋にあたるあたりが伊勢崎で…と書いて関東以外の人にどれくらいわかるかわからないのですが、世界遺産富岡製糸場から50キロもないそれほど遠くない距離に伊勢崎という街があり、その伊勢崎に田島弥平旧宅という住宅があり、週末に群馬へ行った際に見学していました。

田島家は蚕種という蚕の種というか蚕の卵の商売をしつつ養蚕を行っていた家で、(若干怒られそうなことを書くと)富岡製糸場ほど知名度はありませんが富岡製糸場とともに世界遺産の一部を構成しています。幕末に田島家の先祖は米沢へ行った際に風通しのよい建物で(≒つまり、あばら家のような決して密閉性が高いとは言えぬ建物で)蚕を飼育しているのを見学したのち風通しの良いところで蚕を育てる清涼育という養蚕法を編み出し、そして乞われれば開示し、戦前の日本の生糸輸出を語る上で重要な役割を果たします。

古ぼけた2階建ての木造建築に見えますが1階が桑の葉を貯蔵したり加工するスペースで2階が蚕を育てた蚕室で、瓦葺の上に櫓のようなものが2個載っていますがその櫓が換気口の役割を果たし蚕室の風通しを良くし、2階の蚕室の空気を自然に近い状態にもっていけるよう工夫がなされています。

桑の葉ついでにいくらか脱線すると私が住んでいる多摩のあたりだと桑の葉は地中に掘った「ムロ」と呼ばれる穴に入れていて(いまではその「ムロ」でウドを栽培していて)、ので桑の葉の貯蔵ついでに「ムロはどこですか?」と訊いたら「ムロ」が通じずその説明をしたのですが、伊勢崎では桑の葉を土の中に保管するということは一切していなかったらしく、どうも養蚕の手法には地域性があるようで。

さらに脱線すると、さきほど田島家は乞われれば開示したと書きましたが似たような屋根の上に櫓を載せ換気する構造を持つ蚕室が庄内の鶴岡に10棟作られ令和のいまでもそのうち5棟が現存するものの、しかし図面を見た鶴岡の大工は

どうして屋根の上に櫓を載せるのかが最初は理解できなかったのだとか。田島家の手法が鶴岡で普及するまではおそらく別の養蚕の蚕室の建築があったものと思われます。

話を田島旧宅に戻すと

左手前が井戸、真ん中が主屋で2階が蚕室で、独立こそしていませんが櫓から空気を入れる換気構造は同じです。2階から飛び出してるように見える能の本舞台のようなものは右にもう一棟蚕室があったので、その連絡通路の名残です。

さて日本家屋の多くは建物は南に向かって庭をとるものの、田島旧宅の場合は建物が南東を向いています。さらに冬に(それを群馬ではからっ風という)北西から冷たい風が吹くのですが、北西側にはそのための防風の木もありません(ので、冷たい風がもろにあたるはずです)。質問オッケイだったのでその点について訊いたのですが、5月6月の辰巳の方角、つまり南東から吹く風が蚕に良い、とされていて建物の設計がそれを基本に考えられていて、したがって南東から風は北西に抜け、風通しのために北西に遮る木を植えていない、とのことでした。敷地内の屋敷神も南西に鎮座し他所なら十中八九まずありえない北東を向いていて、極論すれば田島旧宅は神様や人間は二の次の

「蚕の環境が第一」

の建物で、そりゃ世界遺産にもなるな…と腑に落ちています。

さきほど、5月6月の南東から吹く風が蚕に良い、と書きましたが蚕の孵化の時期を遅らせれば5月6月にこだわる必要もなくなります。ので、群馬だと(鶴舞うカタチに例えれば西南の羽根の先の)下仁田の荒船風穴などの冷涼な場所に蚕種を委託保存していたそうなのですが、時代が下ると田島家自身が深くてデカい氷冷式の冷蔵庫を作っていて、その残滓がまだあります。

最初は大谷石等で、いま現存するのはコンクリ製です。

コンクリの壁に穴がありますがそこに材を通しその上に鉄道で軽井沢から運んだ氷を、下に蚕種を置いていて、もちろん稼働当時はむき出しではなくこのコンクリの上に建物があったようで。いまより涼しかったはずなのですが、一時的とはいえどれくらいの氷が必要だったのか、ちょっと想像つきません。でも経済合理性があるからその選択をしたのは確かなはずで、そこまでしても十分商売になったはずです。

最後にとってつけたようなことを書くと、田島旧宅は内部は一部を除き通常非公開ではあるものの、建物が地味でありつつも非凡で、けっこう時間泥棒の建物でした。

以下どうでもよいことを。蚕をネズミが狙うのでネズミを退治する猫は養蚕が盛んな山梨では御札になったりします。

駐車場のそばに猫が居ておそらく野良で、すぐそばに猫用の防寒具が置いてありました。野良でも猫を大事にしてるの、やはり養蚕地域だったからかな…と変なところで感心していたのですが、猫好きはどこにでもいるんじゃね、といわれてぐうの音も出ませんでした。願わくば猫に幸多からんことを…って、建築の話じゃなくなってきたのでこのへんで。




以上の内容はhttps://gustav5.hatenablog.com/entry/2025/10/26/193000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14