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とけぬ宿題

経験したくだらぬことをずらして書きます。

算数とはいえ小学校高学年ですからたいしたことはないのですが図形の問題で、解ける人は式と回答を書きなさいと云われ先生が休み時間になり席を外し、ああこれなら解けるなと黒板に答えと式をひとりで書き終わったあとにわたしも席をはずしてる間に、まるっきり同じことを同級生に書き換えられたことがありました。断りもなくなぜ書き換えたか訊いたら字が汚かったといわれ、いまも昔も美しい字を書いていたわけではないものの・いまも昔も瞬間湯沸かし器であった私は、次の瞬間攻撃を開始しヘッドロックかましています。なお書き換えたのは・私がヘッドロックかましたのは代議士の息子で、汚い字を善意で書き換えるという良いことをしたにもかかわらずヘッドロックかまして攻撃し先生に怒られたのは一介の会社員の息子である私です。一部始終をクラスメイトが見ていて狭い街ですからそのうちうちの親にも向こうの親にもバレたのですが、堂々としていろ、と親や複数の大人からいわれた記憶があります。

上記の経験から頼まれたわけでもないのに押し付けられる善意というのはアタマに来るし厄介だなあ、と子供心に思うようになりました。もういい大人ですがいまでも根っこのところではあんまり変わっていません。蛇足ですが大学生になってマクベスの冒頭の「Fair is foul, and foul is fair」っていうのにぶちあたり、よくキレイは汚い汚いはキレイとか訳されますが、良かれという善意は私にとって腹立たしいことであったので、良かれは汚いというほうがしっくりきます…ってそんなことはどうでもよくて。

上記のことを反省して字がキレイになったとかならよく出来た小咄になるのですが、残念ながらそんなことはありません。そしてその同級生とは生理的嫌悪感がでて最後まで仲良くなることはなく、中学は別で、その中学で不登校になったとは人づてに聞きましたが真偽は不明です。去年だったか一昨年だったか父君と同じ地盤で父君と同じ政治家を突然目指して地方議会に議席を得たのを知りました。同級生ですから当選祝いを持ってけばもしかしたらこの先なんらかのつながりができるかもしれぬ…とほんの少し考えたものの、次の瞬間にはなんで祝わなくちゃいけないのか?感がデカくなり、もちろんなにもしていません。

長々と書いてきたのはわけがあって、はてな今週のお題「同級生」の影響で編集画面には「同じ学年というだけで親近感」という文字が出てくるのですが、それはなにひとつイヤなことなく過ごせた幸せな子供時代を過ごした人の意見ではないかなあ、と。もっとも、イヤな同級生が居て、イヤな経験をして、結果的にいまのおのれが形成されたのでちっとも不幸だとは思っていませんが。

でもって、いけすかないやつを前にして、おのれのプライドを傷つけずに、どうやってふるまうのがベストだったのか、40年経てもよくわかっていなかったり。その同級生が残した最大の宿題はいまだ解けていません。




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