さいきん『評伝 開高健』(児玉武著・ちくま文庫・2020)という本を読んでいます。表題にある通りに小説家でもある開高健の生誕から死亡後までを追った本です。
本書が対象としてるのは作家としての開高健だけでなく多岐にわたり、たとえば鉄棒についても追っていて、作家と同窓の向井敏というエッセイストが書いた中学生時代の見事な大車輪を別の同窓生が否定しつつ(P41)、しかし娘さんの前では大車輪を披露していてそれが文章に残っていることを紹介していて(P42)、それらの真相はやぶの中なのではあるものの、ともかく文学にまつわる話に限らず残された記録等を提示しながら断定はせずに綿密に筆が運ばれています。そしてそれらを読んでいてもなぜか飽きません。そのうえで『日本三文オペラ』や『オーパ!』などの小説や旅行記についてそれぞれ独立した章を設けて詳細に記述しているほか、PR誌である洋酒天国創刊などの洋酒の寿屋=いまのサントリーでの軌跡も加えられています。
著者はサントリーの広報部門に居た方で当然作家とも面識があり、ゆえに本人しか知り得ないような、がんで死亡したサントリーの役員の葬儀の席で
「あのな、この頃食べ物が胸につかえるねんな」
という告白を受け、著者が病院へ行くよう強くすすめる場面の描写もしっかり描かれています(P402)。他にも近くにいたからこそ知り得たことが記述してありその点でも読み応えがありました。
語りたいことはいくつもあるのですがいちばん印象に残ったのが『ベトナム戦記』にまつわるベトナム関連の第6章です。ベトナム戦争において米軍と南ベトナム軍は他国籍であろうとも稀有なことに自由に書かせ≒つまりそれがプロパガンダ的なものではない反戦反軍的戦争報道を生むことになったことを紹介しつつ(P258)、さらに『ベトナム戦記』は視覚に限らず食べ物の記述など読む側に嗅覚を意識させる文章など普通の戦記物とは異なることなどを指摘し(P250)、そしてこの本が作家にまつわる通俗的な解説本と若干異なるのは『輝ける闇』でもでてくる枯葉剤の描写を引用したあとに、ベトナムで取材をしていた作家は食道がんで、作家と同行したカメラマンも食道がんで死去したこと(P267)、産経の支局長が胃がんで(P259)、また兵役でベトナムに赴いた米国人や現地で取材したフォトジャーナリストが肝臓がんになったことなどに触れています(P267)。著者は本書で事実を列挙こそしていても断定していませんが、やはり関連を考えてしまうよなあ、と。
また
最前線がどこにもない、いや、全土が最前線であるというのがこの戦争の特徴である。ベン・キャット基地も最前線ならサイゴンのマジェスティックホテルだって最前線である。いつフッとばされるかわからないのである。戦争は水銀の粒のように、地下水のようにたえまなく流動していて、つかまえようがない
という『輝ける闇』の記述を章の中ほどで引用しつつ(P247)、さらにローマ教皇フランシスコの「わたしたちは断片的に〈第三次世界大戦〉の中にある」という発言に触れ、テロや戦争が日常の生活の中に浸潤しつつある(P269)とし
『ベトナム戦記』は不幸にして、新たな現代的な意味を付与されてるかもしれない
と章の最後を著者はまとめています(P269)。個人的なことを書くと、幸いにしてなんの被害に遭いませんでしたが地下鉄サリン事件の日に都心部に居たので皮膚感覚としてはテロというのがどこでも起こりうるという意識がわたしにはずっとあり、くわえて、宣戦布告をしたわけでもないカタールの首都に一方的な攻撃がなされる報道を見ると、観察眼の鋭い開高健という作家が直面した状況と現実がそう変わらないことを想起させられ、ここらへん作家論より確実に脱線しているはずなのですがなんだか腑に落ちて唸らされています。作家は故人で書かれてるベトナム戦争は過去のことですが、作品もしくは行間から漂う悲劇は残念ながらたしかに古びていないはず。
以下くだらないことを。
どのエッセイであったか記憶があいまいですが猫と女性が似ていて猫の描写をすべてではないけど女性に転用できる旨のことが書いてあったのを読んで茅ヶ崎の開高邸には猫が居たのかな?と想像していたのですが書斎にはほんとに猫が居たようでその猫専用のための穴も開設されていたそうで(P350)。いままで複数回茅ヶ崎の開高記念館を見学しているのですがまったく気がつきませんでした。これ以上続けると凡人が観察眼の鋭い小説家の作品を読んだところで読んだ側の観察眼が鋭くなるわけではないことの証明になってしまうのと、恥の上塗りをすると文学とか本の感想の書き方とかよくわかっていないのでこのへんで。