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靴下の問題

何度も書いていますが関東平野は秋の終わりから春にかけて北西から冷たい風が吹き込みやすくなります。ので、東京の人間の冬の寒さの対策の何割かは「冷たい風をいかに防ぐか」です。くわえて、いま住んでいる街の最寄り駅は高架化が完了済みでホームは容赦なく風が吹き、さらにタワマンが複数出来てしまい余計なビル風がないわけではありません。雪こそ降らぬものの、コートやマフラーやそして手袋は必須です。

子規に「手袋の左許りになりにける」という句があります。はじめてその句を知ったとき、子規が生きていた時代からみんな手袋を片手だけ落としてる事実が心強く、かつ、手袋を片手だけ無くすのは私だけではなかったんだ…という妙な安心感があったのですが、そんな心強さと妙な安心感があったとしても無くした次の日の朝に手袋を見失って困るのはおのれで、以降、手袋を無くさないようにするための努力をするようになっています。わたしの場合は帰宅してから手袋を見失うことが多かったので、工場などで工具を元に戻す定物定位置の概念を流用して、帰宅したら必ず手袋を定位置に置くようになっています。ここではてな今週のお題「これで冬を乗り越えました」を引っ張ると、決してスマートじゃないのですがこれで今冬も手袋を見失わずに済んでいます…ってここで終わらせるとデキた男を偽装できるのですが。

匿名を奇貨として続けます。

洗濯物を干していて、靴下が奇数であることが今冬ありました。ペアになってるはずのものなのに、つまり片方がないわけです。自らの意思で靴下が洗濯機から脱走するというのは現実にはありませんから、可能性のひとつとしては、靴下を脱いだ後にその靴下が洗濯機に入っていなかった、というのが考えられます。じゃあどこか。廊下には落ちておらず、そういや冬の句であったかどうか怪しいけど子規に「無精さや布団の中で足袋を脱ぐ」ってあったよな、と思い至り、念のために布団と毛布を剥ぐと足袋ではないけど靴下の片方がそこにありました。ついふふふとなっちまったのですが、冬を乗り越えるために無意識のうちに無精さを発揮し布団の中で靴下を脱いでいたようで。子規の生きていた時代と同じでてめえらぜんぜん進歩がねえじゃねえか、といえばぐうの音も出ないのですが。

さて東京は桜が咲きはじめてます。しかしまだ朝晩は暖かいとは言い難いです。なので無精さを発揮してしまいそうではあるのですが、なるべく靴下に関しても子規と同じ轍を踏まぬよう気をつけたいところであったり。




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