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アルバイトをしながら医学部受験した時の話

ぐるぐるねこ男

 

大学受験のシーズンがやってきた。この季節になると、自分自身が医学部を目指して受験勉強していた浪人時代を思い出してしまう。僕は最初、ある国立大学の理系学部に通っていたのだが、在学中に「やっぱり医師になろう」と思い直し、一年で退学して予備校に通うことに決めたのである。通っていた大学をそのまま卒業すれば、ちゃんとした国家資格も取得できるし、安定した給料の仕事に就くことができたので、両親は最後まで(合格できるかどうかわからないような)医学部の再受験に対して反対していた。そのため、前借りして払った予備校代や通学のための定期代などを自分でアルバイトをして稼ぎながらの受験勉強となったのである。

 

その予備校には医学部を目指して猛勉強してる学生が何人もいた。しかし無事合格できるのは、毎年限られた人数しかいなかった。もちろん、アルバイトをしながら予備校代を稼いでいるような学生は、僕が知る限り一人もいなかった。予備校の授業が終わってから、ほぼ毎日3〜5時間のアルバイトをしていたので、とにかく1分でも勉強時間を無駄にしたくなかった。以前の記事にも書いたことがあるのだが、予備校でみんなが楽しくランチを食べている間も、僕はチョコレートを齧りながら勉強し続けたのである。逆に限られた時間で勉強に”超”集中することができたので、振り返ってみれば良かったのかもしれないと今では思う。

 

ぐるぐるねこ男

 

もう一度言うが、医学部に合格できる人間は限られている。僕の通っていた田舎の予備校なんて毎年数えるほどしか医学部に合格する学生はいなかった。そのため、その予備校のある名物講師の先生は、毎年医学部に合格した学生全員を食事に連れて行ってくれるという恒例行事があった。その講師の先生が連れて行ってくれるお店は決まっていた。そのお店はとんでもない山奥にあるTボーンステーキのお店だと聞いていた。そして僕はその年、医学部に合格することができた。僕以外にも何人か合格者がいた。その講師の先生は奥さんと二人でわざわざ車を2台出してくれて、医学部合格者だけでTボーンステーキを食べるという毎年恒例の合格祝賀会を開いてくれたのである。

 

しかし僕はその祝賀会に参加することができなかった。アルバイトの予定がみっちりと入っていたのである。「せっかく合格したんだから、アルバイトなんて休めば?」みたいなことも言われたのだが、次は大学に入学するための入学金や授業料を稼がなければならなかった。うちの家はそれほど裕福ではなかったので、奨学金を貰いながら自力で大学に通わなければならなかったのだ。僕以外の医学部合格者は2台の車に分乗し、Tボーンステーキを食べに行った。僕は何もなかったかのように、いつも通り夕方からのアルバイトに行ったのである。

 

***

祝賀会に参加した友達に後から聞いた話であるが、そのお店は「本当にこんな辺鄙なところにお店なんてあるのか?」というような山奥(というよりも秘境)にポツン建っていたそうだ。でもそこで食べたTボーンステーキは最高に美味しかったと満面の笑顔で話していた。正直悔しかった。でも僕もいつか必ずその秘境(?)にある店で、みんなが食べたTボーンステーキを腹一杯食べると心の中で誓ったのだ。そして気がつけば入学式、それから大学の講義が始まった。僕はそれまでと変わらず、ほぼ毎日アルバイトをしながら6年間の学生生活を送ったのである。

 

シャンカワカーン

 

それから30年近くの月日が過ぎ、今年の僕はその時の自分の「思い」を癒してあげることができたのである(よろしければこちらの記事もどうぞ)。なんだかやっと自分の人生のスタート地点に立つことができた気がした。そして今年もあと少し。過去の自分を癒しつつ、新しいことにチャレンジすることができた一年だった。何よりも病気やケガなく過ごすことができたことが一番良かった。それだけでも幸せな一年だったと思う。来年も一日一日を大切に、人生をめいいっぱい楽しんでいきたいものである。

 

皆様も良いお年をお迎えください^ ^

 

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それではまた^ ^




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