
子供の頃から「本をたくさん読む人間が一番賢くなるんだ」と思っていた。学校の友達の中でも本を読む子は成績も良かった。授業の合間の休憩時間に本を開いて読んでいる友達の姿はカッコよかった。大声を出して追いかけっこをしている友達はバカに見えた。本を読む友達の姿に憧れて、僕もその頃から本を読むようになった。正直言って、本自体が面白くて辞められないという訳でなく、本を読んでいる自分のカッコいい(であろう)姿に酔っていたかもしれない。いずれにしても「本をたくさん読めば自分も賢くなれる」と思い続けていたし、実際に少しくらいは賢くなれたと思う。
でも最近、本に対して思うようになったことは「本って単なる娯楽の一つの選択肢だ」ということだ。というのもパソコンが壊れてまともにブログを書けなくなってしまったのをきっかけに、眠っていたAmazonタブレットを引っ張り出してきて、それでブログを書こうとしたのだが、あまり上手くいかなくて結局「Amazonプライムで映画でも観るか」という方向に走ってしまった。面白い映画を探していたところ、以前スーパー銭湯で少しだけ読んでいた『進撃の巨人』のアニメが目に止まり、「そういえばあの女型の巨人ってどうなったんだろう?」という素朴な疑問から見始めたのである。そして、どハマりしてしまった。
漫画で読むよりもアニメの方が圧倒的に臨場感が伝わってくる。ストーリーの展開も面白いし、伏線回収も連発されて目が離せなくなった。ただ単に面白いだけでなく「学び」も多い。CGを使った映像は圧巻で、あの壁の中の世界の登場人物につい自分を重ねてしまい、気がつけば何時間も過ぎているという日もあった。いずれにしても、ここにきて一番気がつかされたことは、漫画やアニメでも多くの「学び」を得ることができるということだ。本を読むことで頭の中に景色や映像を思い浮かべることが脳にとって良いとか、本を読むことで多くの学びを得ることができるとか、漫画よりも本の方が絶対に(何があっても)優れているなど、今まで自分が持っていた本に対する「幻想」みたいなものを一気に吹き飛ばしてくれるくらい、この『進撃の巨人』には力があった。
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パソコンが壊れた当初は「今まで以上に大量の本を読むようになるかもしれない」と思っていたのだが、実際は「漫画」や「アニメ」を大量に読んだり観たりするようになった。Kindle Unlimitedで仕事中に江川達也の漫画は全て読んでしまったし、サブスクで読める漫画は全て読んでしまいたいと考えている。それくらい面白いし学びがある。探せばサブスクの範囲内で読める漫画は大量にある。そして男女のドロドロした関係を赤裸々に描いたエ◯漫画でもかなりの「学び」を得ることができることを知った。今まで「本を読むこと」を神聖化していたし、自分の子供にも「マンガよりも本を読んだ方がいいよ」って勧めていたが、そんなことはないってことを知った次第だ。
パソコンが壊れてしまったおかげで、自分の中の価値観が大きく(正に180°くらい)変わった。10年以上前に外科手術の勉強をするために師事した先生から、「今までの自分をフォーマットしろ」と初日に言われたことを思い出す。ついでにダーウィンの「最も強い者が生き残るのではない、最も賢い者が生き残るのでもない、唯一生き残る者は変化できる者である」という名言も思い出した。いずれにしても今回パソコンが壊れたことは、これからの自分の人生にとって結果的によかったことだったかもしれないと前向きに考えるようにした。そして新しいパソコンを買う日まで、あの手この手を使ってこの(役に立たない)ブログも細々と続けようと思っている。

それではまた^ ^