
昨年末の大晦日に知人から瀬戸内海の牡蠣をいただいた。殻付きと剥き身のセットで贈答用の高級品のようであったが、その知人はどうしても牡蠣が苦手とのことで、我が家に白羽の矢が立ったのである。その牡蠣たちは身がプリプリで、かなりのサイズ感があった。僕はその知人に感謝の念をいつも以上に表現してみた。「めちゃ嬉しい!本当にありがとう!牡蠣は大好きなんよ!嬉しすぎて涙出そう!」あわよくば来年以降も我が家で牡蠣を引き取りたいという気持ちを全力で込めたみたのである。
さて、この頂いた牡蠣をどう調理して食べようか?と牡蠣を前にしてしばし立ち止まった。殻付きはレンチン(=レンジでチン)していただくとして、剥き身はどうしたものか。子供たちはカキフライが好物なのでカキフライは確定としても、大量の剥き身の牡蠣を全てフライにすると、やはりヘルシーさに欠けてしまう。年末年始はそれでなくても太ってしまうのに、揚げ物はできれば少なめにしたい(もちろん食べるけど)。ヘルシーかつ牡蠣の素材の良さを全力で楽しむために、最終的にアヒージョにすることに決定した。
まず自家製のニンニクをオリーブオイルでグツグツと煮て、そこに牡蠣とこれまた自家製の椎茸を投入してさらに煮込む。味付けは塩だけで、シンプルかつ最高にうまい酒のアテの出来上がり。そして牡蠣のアヒージョに最も合うお酒は、シングルモルトウィスキーが定番だ。しかしちゃんとした(?)シングルモルトは値段が高い。今までであれば、家にある飲み差しで安物のブレンディッドウィスキーで代用していたが、今年からはそのような”痩せ我慢”をやめることにした。そして僕は普段買わない(買えない)ような6,000円もするBOW MOREというシングルモルトウィスキーを買ったのである。
「今までなら」を「これからは」に変えてみることにした。きっかけはこのシングルモルトを手に取った瞬間、僕の手の中に感じたシングルモルトウィスキーの重みである。そしてその美しいボトルとその中で揺れるウィスキーを眺めていると、ふとこんなことを思ったのである。
「50歳すぎたし、突然重い病気にかかってしまうかもしれんしな…」
同級生の中にも癌や血液の病気、交通事故とかで亡くなっている人もチラホラいる。自分の健康にかなり注意していても天寿を全うできる保証は一切ない。ある日突然「あなたは余命3ヶ月です(death)」と死の宣告を受けたりする可能性もある。もし牡蠣のアヒージョのためのシングルモルトを我慢し、その数日後に病気になってしまったら後悔してもしきれない。その一本のシングルモルトウィスキーの重みが、僕にそのことを教えてくれたのである。
正月早々、取り留めのない話をつらつらと書いてしまったが、昨年末に投資もやめてしまったわけだし、今までのようにケチケチ節約して証券口座の数字だけが増えていくのをニヤニヤ眺める生活はやめにして、これからは「来月、いや来週死んでしまうかもしれない」という気持ちで生きていくことに方向転換した。さすがに「明日死んでしまう」っていうのはタガが外れたようなことをしでかしてしまう危険がありそうなので、「余命3ヶ月」くらいが程よい感覚なのかもしれない。
いずれにせよ、このブログを書いている日から「余命3ヶ月」となると3月末で僕は死んでしまうことになる。なのでまずは家族旅行を計画することにした。そして以前から観たかった京アニの名作「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」も全巻借りてきて観た。死ぬまでに読みたい本から順番に読むことにしたので『サピエンス全史』を買って読み始めた。そしてピアノの練習も再開した。僕が一番弾きたい曲をYoutubeを観ながら毎日練習している。ゲームはずっとやりたかったファイナルファンタジー9を買った。個人的にはこれは思い切った買い物である(笑)
最後に『サピエンス全史』の中で最初に腑に落ちた文章を紹介↓
歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる、と言うものがある。人々は、ある贅沢品にいったん慣れてしまうと、それを当たり前と思うようになる。そのうち、それに頼り始める。そしてついには、それなしでは生きられなくなる。
(中略)
普通の郵便だけだった時代には、人々は何か大切な用事があるときにだけ手紙を書いた。頭に浮かんだことをそのまま書くのではなく、自分の言いたいことをどのような言葉で言い表すかを慎重に考えた。
これからは、じっくりブログに向き合うことにしようと思った。

それではまた^ ^