
僕がまだ急性期医療に従事していた頃の話です。交通事故で大ケガをした50歳くらいの男性が救急車で運ばれてきました。意識レベルはかなり悪く、大声で呼びかけても反応がありません。全身のCT検査をしたところ、緊急手術をしなければ助からない状態であることがわかりました。
僕たち外傷チームはすぐに手術の準備に取り掛かりました。手術の同意書を作成したり、麻酔科の先生を探したり、輸血の手配をしたりなど大忙しです。患者さんのことは看護婦さんに任せきりで、僕たちはとにかく手術ができる体制を整えなければなりません。
すべての準備が整い、手術室に駆け込みました。そしてすでに全身麻酔をかけられて、手術台に横になっている患者さんを見て、僕たちは唖然としたのです。なんと全身に刺青が入っていました(いわゆるモンモンってやつですね…)。そして、これから緊急手術で切らないといけない場所には大きな”鯉”が泳いでいたのです・・・。
以前の記事「人生で一番高い買い物」でも登場した上司の先生に「きょっ、今日はお前に手術させてやるから、そこ切っていいぞ」と言われました。「え、でもここって鯉が泳いんでるんですけど・・・」と答えると上司は、「人の命がかかってるんだぞ!さっさと切れ!!」って半分ヤケクソ状態で僕を怒鳴ったのです。僕はブルブル震える手でメスを持ち、そして患者さんの皮膚の上で優雅に泳ぐ鯉を真っ二つに切って手術をしたのでした・・・。
術後経過は良好で患者さんの意識は戻りました。僕は正直に「あの…、緊急手術でやむを得ず鯉のところ切っちゃったんですけど…できるだけ元通りになるように丁寧に縫ったので…」と、しどろもどろになりながら刺青の患者さんに説明していたところ、
「先生・・・ありがとう。そんなの気にしなくてええよ・・・」
と、ドスの効いた声で優しく答えてくれました。後から聞いた話ですが、その患者さんは昔ヤ◯ザをしていたようなのですが、その時は足を洗っていて農家をしていたとのことです。救急医療に携わっていた時は本当にいろんな患者さんに遭遇しました。デリヘル嬢が運ばれてきて治療をしたこともあります。特に夜の救急外来は、リアルな人間交差点なのです。
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<本日のブッダの言葉>
正しい智慧によって解脱して、やすらいに帰した人ーーそのような人の心は静かである。ことばも静かである。行ないも静かである。
『』中村 元 訳より

それではまた^ ^