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癒しのレトロな名曲を探して(30)~インドネシア民謡「ラササヤン」&ドイツ民謡「故郷を離るる歌」~

お題「わたしの癒やし」

 

 昨日は曇りのち晴れ。今日は曇りのち雨。

 

 昨日、今日とダイサギが田んぼ畔にやって来ているのを目撃した。

 その様子は次の写真(4枚)のとおりである。

(以上、昨日撮影)

 ダイサギが咥えているのはカエルのようである。

 

 1962年NHK「みんなのうた」で歌唱されていた、次のインドネシア民謡「ラササヤン」(Rasa Sayang/愛する気持ちNHKのタイトル/川で歌おう。)という歌がある。

https://www.youtube.com/watch?v=F_GAZUunTYA&list=RDF_GAZUunTYA&start_radio=1

 (歌唱/アグネス・チャン、作詞・作曲/不詳、日本語詞/小林幹治、編曲/あかのたちお。1992年)

https://www.youtube.com/watch?v=nq_lxz2bFSY&list=RDnq_lxz2bFSY&start_radio=1

https://www.youtube.com/watch?v=PUwNcskeVpI&list=RDPUwNcskeVpI&start_radio=1

(原曲)

 

 ところが、この曲に曲想等が少し似ていると思われる文部省唱歌を思い出した。それは、次のドイツ民謡「故郷を離るる歌」(原題/Der Letzte Abende最後の夜)である。

https://www.youtube.com/watch?v=qDh1Z5F5yFQ&list=RDqDh1Z5F5yFQ&start_radio=1

(歌唱/ボニージャック、作詞・作曲/不詳。日本語詞/吉丸一昌。1913年/1997年)

https://www.youtube.com/watch?v=MB6i9zlQzho&list=RDMB6i9zlQzho&start_radio=1

エルヴィス・プレスリー歌唱「ムシデン」)

https://www.youtube.com/watch?v=0eao2uBgPEI&list=RD0eao2uBgPEI&start_radio=1

(原曲/Abshied von der Heimat故郷への別れ/tränen hab’ich viele, viele vergossen)

 

 インドネシア民謡「ラササヤン」は、モルッカ諸島スラウェシ島の東&ニューギニアの西一帯で、別名「スパイス諸島」という。)のマルク地方で歌われていたのが、インドネシア等へ伝わったと言われている。

 他方、ドイツ民謡「故郷を離るる歌」は、ドイツ中南部フランケン地方の歌とされているも、はっきりしたことが判っていない。

 

 片や東南アジアの明るく楽しい「恋心を擽る歌」、こなたヨーロッパの悲しい「別れの歌」である。しかし、16~17世紀以降にヨーロッパ諸国が東南アジアに進出しても、インドネシアとドイツとの交流はなかったようである。

 なのに、双方聴き比べると、なぜか曲想やサビのメロディの一部に似ている。果たして、それらに関係はあるのだろうか?

 

 思うに、モルッカ諸島の人々が「ラササヤン」のメロディを独自に創意工夫して作曲したとは考え難い。なぜなら、ヨーロッパ風のメロディであるから。

 であれば、ヨーロッパ人がモルッカ諸島へ到着した(1512年頃ポルトガル人のフランシスコ・セラ―ン)後に、ヨーロッパ音楽の影響を受けて「ラササヤン」が作曲され、現地の人々によって遍く唄われた可能性が高い。

 

 そこで極簡単にその歴史を辿ってみる。15世紀末から16世紀の大航海時代、これまでのイスラム商人やベネチア商人に代わって、アジアの香辛料を求めたポルトガルやスペインが香辛料貿易を手中に収めた。

 その後、17世紀にオランダがポルトガルやスペインを駆逐し、さらに1623年アンボイナ事件でイギリス人をも排除した。

 それ以来、オランダはインドネシア独立まで350年の長き間、東南アジアの香辛料貿易の主導権を掌握・独占支配して来た。このことからすると、オランダ人による名曲「ラササヤン」誕生への貢献が大きいものと考えたい。

神秘のスパイス・アイランズ「モルッカ諸島」|VOXSPICE

 

 以上ここからは、全くの当て推量になるも、ドイツの隣国・オランダの商人らが唄う「故郷を離るる歌」を現地音楽通の誰かが聴き、感化を受けて明るく楽しい恋心の歌「ラササヤン」として作曲したのでなかろうか?

 そして「ラササヤン」は、17世紀以降作曲されて現地の人々によって遍く唄われ、そこからインドネシア全土、マレーシアやシンガポールへと伝播したのであろう。

 

 原曲故郷を離るる歌の作曲年は不明も、おそらく「ローレライ」が作曲された1838年よりも古い、18世紀後半~19世紀初頭ではなかろうか?

伝承を歌う美しい歌 - 諦観ブログ日記(2024年8月30日)

 ということは、前記の17世紀以降とは、より限定して19世紀中盤以降、「ラササヤン」が唄われていたということになりはしまいか。

 なお、断っておくが、インドネシア民謡「ラササヤン」と、ドイツ民謡「故郷を離るる歌」との関係について触れた資料は見当たらないので、全くの的外れになるかも知れない。




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