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名作映画「キューポラのある街」から、あれこれと!

お題「わたしの癒やし」

 

 昨日は曇り一時小雨。今日は曇りのち小雨

 

 

はじめに

 

 これまで本ブログでは、次の名作映画「ビルマの竪琴」&「白い巨塔」記事を取り上げて来た。

癒しのレトロな名曲を探して(17)~涙ぐむ戦史の現在を反映する名曲(埴生の宿&リリー・マルレーン)~ - 諦観ブログ日記(2023年12月31日)

映画白い巨塔 - 諦観ブログ日記(2024年5月10日)

 

 そして、今回取り上げたいのは、名作映画「キューポラのある街」である。1962年4月に上映された文部省選定の浦山桐郎監督作品(原作/早船ちよ)である。

https://www.youtube.com/watch?v=VNdulzWO99g

https://www.youtube.com/watch?v=akutajx2U_E

 貧しさにめげず、強く明るく逞たくましく、ひたむきに生きる子供たちの姿を描いた、涙ぐむ感動作品である(https://www.youtube.com/watch?v=hC_xumE_Wmo)。

 

 その頃は丁度、オリンピック景気(1962年11月から1964年10月の東京オリンピックまでの期間)と重なる、高度経済成長の好景気に当たる時期でもあった。

 しかし、この映画からはオリンピック景気に沸き立つ日本社会の盛況さがあまり窺えない。つまり、その好景気の恩恵がどれほど数多くの日本国民にもたらされていたのかは、映画「キューポラのある街」に描かれた、主人公「吉永小百合」が扮する「石黒ジュン」一家の周辺状況シーンを見るにつけ、疑わしくなる。

 

 これはひょっとして、昨今経験した「アベノミクス景気」と同じようなものであったのかも知れない。一部の者が大いなる恩恵を受けたのに対し、大部分の者はその恩恵にあまり浴さなかったのでないか、という疑問である。

 そして、その約10年後の1970年代~1980年代になり、所謂「一億総中流時代」(https://www.saa.or.jp/learning/pdf/210720_slide.pdf)が到来することで、日本国民の多くは、ようやく生活の豊かさを実感し始めたのである。

 

映画の舞台地となっている「川口市」って、どんな街?

 

 それでは、映画の舞台地となっている「川口市」とは、どんな街であろうか?

 川口市は埼玉県の南東部に位置し、荒川沿い南が東京都足立区、葛飾区、そして江戸川区へと続く、人口60万8669人(令和7年6月1日現在)の中核市である。1962年当時が18万0325人であったことから、3倍強の人口増である。 

 この都市は東京を下支えする鋳物産業の職人の町として、江戸時代から発展して来たが、交通の便が良いこと、家賃が安価等生活環境の整っていることや、外国人コミュニティの存在もあってか、全国的にみて外国人の住む割合が市区町村の中でも特に高い。 

 

 具体的に、日本人が55万7968人に対して、外国人は5万0701人と、全人口の内7.9%を占めている。

 外国人の内訳は、中国人(58.7%/約2万4000人)、ベトナム人(9.6%)、フィリピン人(7.5%)、韓国人(7.5%)、トルコ(クルド)・ネパール人等(計16.7%)である。ただし、括弧内の内訳割合等は2014年10月1日現在のもの。

 

 そのためか、治安が悪いと感じている川口市民の割合が、49.4%と多いようである(https://www.sankei.com/article/20250607-ENUIXCO2ZBIXENRSTADP6TSYU/)。それは、約2000~3000人在住すると言われているクルド人による暴力事件や交通事故の多発がその要因である。

 なお、クルド人問題は、川口市の掲げる「多文化共生社会」の理念と現実とに大きなギャップを生じさせ、影を落とさせている。

 

キューポラ」って

 

 映画の題名となっている「キューポラCupola)」とは鋳鉄の溶解に用いる炉(精選版 日本国語大辞典)のことで、鋳物産業が盛んであった川口市は、当時キューポラの煙突が林立していた街であった。

 当然、そこには鋳物産業に携わる数多くの鋳物職人がいた。

 

主人公の「ジュン」一家

 

 主人公「石黒ジュン」一家は、そんな川口市の中心部に住み、主人公の父親「辰五郎(東野英治郎)」も昔気質の頑固一徹な鋳物職人であった。

 家族構成は、母親の「トミ(杉山徳子)」、中学校3年生の「ジュン吉永小百合)、小学校6年生の「タツユキ」(市川好郎)、弟の計5人家族である。暮らし向きは豊かでない。

 ジュンを取り巻く登場人物として、友人である在日朝鮮人の「金山ヨシエ」(鈴木光子)、タツユキの弟分かつヨシエの実弟サンキチ」(森坂秀樹)がおり、こちらも暮らし向きは良くない。

 なお余談になるが、タカユキの同級生に本映画では目立たなかった「カオリちゃん」がおり、彼女は1969年のTVドラマ「サインはⅤ」の主人公として大ブレークする岡田可愛」(https://www.youtube.com/watch?v=sf3dgc1x8AQその人であったのに、驚かされた。

 

ジュンの境遇

 

 大黒柱の「辰五郎」は自己中心的な昔気質の性格であった。学業成績優秀なジュンの高校進学意欲に無理解であった。しかも、酒やギャンブル大好き人間で、工場のオートメーション化について行けず、職を放棄して無職になることが多く、家計を顧みなかった。そのため、ジュン、タカユキやトミはアルバイトをせざるを得なくさせられた。

 まあ、担任の教師や友人らの周囲の暖かい励ましがあったのが、せめてもの救いである。

 

在日朝鮮人帰還問題

 

 主人公の「ジュン」と大の仲良しであり心の支えでもあった、親友「ヨシエ」が北朝鮮へ帰還することになった。

(荒川の土手で、ヨシエがジュンに北朝鮮に帰ることになったと告げる様子)

 

 映画のラストシーンは、陸橋から、「ジュン&タカユキ」が列車から乗り出して手を振る「サンキチ」に、場所を替えて、思いっきり何度も別れの手を振る姿は涙がちょちょぎれる感がある。

 

 ジュン&タカユキとヨシエ&サンキチが離れ離れになる切っ掛けを作ったのが、北朝鮮の地を「地上の楽園」と呼びかけた祖国帰還への事業(1959年~84年)応召であった。

 (ヨシエが川口駅から出発するのを、ジュンらが見送る様子)

 

 ヨシエ&サンキチは川口駅上野駅(専用列車)⇨川口⇨大宮駅(上越線)⇨新潟駅・新潟港から北朝鮮へと帰還船で渡ろうとした。ところがサンキチだけは、日本に残った母のことを思うあまり、途中大宮駅から引き返したのである。

 その後、「地上の楽園」を夢見た帰還者の期待は、見事に裏切られたようである。してみると、ひょっとして「ヨシエ」一家も、日本にいた時以上に北朝鮮では悲惨な生活を強いられたのかも知れない。

 貧しくとも自由な国「日本」と、貧しくかつ不自由な国「北朝鮮」の対比が思い浮かべさせられる。勿論、北朝鮮当局はこのことを否定しようが。

 

おわりに

 

 これまで、名作映画「キューポラのある街」から窺える社会経済的諸事情等についても、あれこれと書いて来た。

 埼玉県川口市が日本の高度経済成長時期の一端を担ってきた都市であったこと、そこには鋳物職人が多くいたこと、機械化の進展により昔気質の職人が取り残されたこと、そして一家の大黒柱が職を失うことによりその家族が悲惨な目に遭ったこと、それでも、主人公のジュンやタカユキ姉弟が逞しくひたむきに明るく生きようとしたことが、さすがは文部省選定作品だと思わせられる。

 さらに、それに絡んで、ジュンらが在日朝鮮人の周囲からの差別をもものとはせず、友人として交際し続けたことが心に滲みる。

 

 それにしても、川口陸橋での絶叫シーンはエンディングに相応しい最高の見せ場であった。まさに、名作中の名作と言えよう。

(大宮駅から一人引き返して、しばらく川口に留まっていたサンキチを最後に見送る、ジュン&タカユキの様子)

 なお、この映画の続編として、1965年に「未成年  続・キューポラのある街」が制作上映された(https://www.youtube.com/watch?v=mIQI-d2kKSU)。しかし、前作のような大絶賛とはならなかったようである。




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