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民主主義の次が見たい

寄稿いたしました。

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政治において人徳を説くって、おまえ儒家かよ? みたいに思われるかもしらん。でも、なにやらネット上で交わされる政治の言葉を聞いていると、うんざりするところもあって、このところそんなことを考えている。

 

ところで、途中で白票批判をディスっているところがあるんだけど、これについては先日Xのスペースで最初から最後までハイテンションでキレ散らかしたように、かなり思うところだ。

 

投票至上主義みたいなのは、あくまで現状の日本国憲法下での政治制度、与党も野党も含めた政治の仕組みへの盲従じゃねえのかと思う。

 

何度も書いてきたように、おれは選挙権を得てから25年以上、投票に行かなかったのは鎌倉市民時代の市長選か市議選かなにかの一回だけだ。おれは投票が大好きだ。選挙が大好きだ。

 

だが、それはおれが好きでやっていることだ。「国民として当然の義務を果たしていて、立派な市民です」とかほめられたら、次からは行かなくなるかもしれない。

 

そういうわけで、おれは一応はいまの日本の民主主義というものを支持はしている。だが、100%信じている。これ以上の制度は絶対に現れない、と思っているわけではない

 

チャーチルの言葉がある。

 

民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば

 

最悪かどうかじっさいのところは違うと思うが、それでもまあ、他に比べればましだし、おれは投票などに参加している。

 

しかし、これについて、皮肉的に民主主義を称揚しているとばかりは言えないのではないか。おれはそう思う。「民主主義は最悪」という部分も虚心坦懐に受け取ろうではないか、と。

 

チャーチルがどう考えていたかは知らないが、民主主義がいま、この時代では最良の形であるかもしれない。しかし、未来永劫そうだとは限らない。民主主義とは違う、べつのなにかがあるかもしれない。そういう希望を持ちたい。

 

こういうことを言うと、独裁主義がいいのか、権威主義がいいのか、共産主義がいいのかなどと言われるかもしれないが、それこそ「他に試みられたあらゆる形態」にすぎない。おれが言っているのはもっとべつのなにかだ。

 

そのなにかって、具体的にはなんだよ? と、言われるかもしれない。しかし、それにおれは答えられない。なぜならば、それはまだ見ぬ、未知の、まったく新しいなにかだからだ。

 

ひょっとしたら、その萌芽はどこかにあるのかもしれない。おれが知らないだけかもしれない。おれが生きているうちに形が見えるのか見えないのかもわからない。ただ、おれは常に「民主主義はいまのところ最高だが、未来永劫最高とは限らない。未来から見たら最低のうちのひとつかもしれない」くらいのことは考えていたい。

 

自分の考え方の範囲を日本国憲法なら日本国憲法の中に縛り付けておきたくはない。もっと自由に物事を見たい。人間に与えられた根源は「自由」にほかならないと信じているからだ。

 

以上。

 

 




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