寄稿いたしました。
中年の諦めの心境を描いた悲しみの文章です。よろしくお願いいたします。
しかしなんだ、おれと体型というと、おれにとって体型とは身長にほかならなかった。横ではなく縦の問題だ。おれは幼稚園のころからずっと背の順で一番前のちびだった。早生まれだし、まわりの子供との身体的能力の差は大きかった。
しかも、そうだ、そのころはガリガリに痩せていた。ガリガリというと言い過ぎだが、ひ弱なガキだった。人並みに肉付きがよくなったのは、小学校五年のころ、塾に通い始めたころだ。夜、塾の短い休み時間に軽くマクドナルドのハンバーガーなどを食べる。その後、家に帰って夕食を食べる。これでおれは、早食いのスキルも手に入れた。おれは異常に食べるのが早い。
しかしまあ、背は伸びなかったな。まったく伸びなかったわけではないが、周りとの相対的に一番小さいままだった。これがもたらす意識というのは、平均身長以上の人にはわからないと思う。いつまでも子供のままのような気がするのだ。ふと、シャワーを浴びているときとか、あ、おれ、背が低いなって思うのだ。だれか背の高い人を見かけたり、まちなかの人混みで感じるのではなく、一人のときに感じることがあるのだ。たとえば、ベッドで横になっているときとか。
というわけで、おれがいまだに精神が幼いのは二つ理由があって、一つは大人になるそのタイミングでひきこもりのニートをやっていたこと、もう一つは背の低さだ。もちろん、背と精神年齢なんて関係ないぞっていう低身長の人もいるだろう。ただ、おれはそのように生きてきてしまって、こんな身体の中にいる。
背が高ければとか、もっと生まれつきの膂力があればとか思わないこともない、というかよく思う。それにしても、中年太りは受け入れる気持ちになれたのに、背の高さについてはどうにも受け入れられない。一生ものかもしれない。妙な話かと思うだろうが、おれは小さいころに、「いつか大きくなって見返してやる」という心があって、いまだになにも見返すことができないからであろう。