「お医者さんに言われてるから、週に一度は散歩せにゃならんのですわ」というおじいちゃんの散歩レベル。現像代もかからないからカメラを持っていくというレベル。

もっとも、俺がそれ以上のレベルであったことはない。それ以下であったこともない。

だいたい春の雰囲気というのがよくない。毎年毎年書き続けていて嫌になるが、春というのは大嫌いだ。花粉症ではない、それよりもっと大きな憂鬱のかたまりの話をしている。

乱暴に歩くと心がこぼれ落ちてしまう、それが春だ。だから俺は脳内でセロトニンの濃度を上げようと努力している。太陽にあたるのもその一環だ。

ところで、俺は最近ようやく気づいたのだけれども、どうも俺は遅れているらしい。

なにが遅れているって、成長だ。成長が遅い。それに気づいた。

思うに、俺は今年で三十数歳になるのだけれども、だいたい二十歳くらいだと思う。

頭脳とか、知識とか、社会常識とか、思い悩む類のこととか。

どこで遅れたかというと、引きこもっていたあたりだろうか。いや、違う、おそらくは最初の最初からつまずいていたのだ。早生まれの上にチビ。周りの人間にできることができない。どうも自分の居場所にしっくりきていなかった。そのずれに対して、急ぎ過ぎたところもあるだろうし、単に劣等感が積み重なり続けたところもあるだろう。どうもそのゆがみ。むろん、自分を形作るのはひとつの要因だけではない。かといって、まったく要因なく自分が形作られるはずがない。

むしろ、引きこもっていた数年というのは、パンクを回避するためのよい仮病だったのかもしれない。

そういえば、就活が話題だ。俺はといえば、就活どころか履歴書を書いたことがない。

ドロップアウトの前の話。三田の門の外あたりだった。目の前を行く、今思えば三年生だろうか女子生徒二人の会話が聞こえてきた。曰く、金融系だと思って行ってみたら、アコムだかプロミスだかがサラ金だった云々。そりゃ金融だろうよ。というか、なんなんだ?

あ、なんか馬鹿らし。

そう思って、あれがひとつの引き金だったと思う。思うけれども、理路はない。ただ、俺が絶望的に三越伊勢丹に入れないことだけは確信できたのだ。三越伊勢丹という文字列が存在するのを知ったのはつい最近だが。

誤解無いように言っておくが、今この時代に大企業に入れる可能性があるのに入ろうとしない、役人になれる可能性があるのになろうとしないやつはプリントアウトだ。大企業がどうなるかわからない以上に中小零細がどうなるかわかったものではない。タイタニックが沈むにしても、船底の船漕ぎ奴隷は真っ先に死ぬし、上の客室のやつは少し優雅だ。賢い奴は最初から乗っていない。

さて、ペトロは何に再び驚いたのか? 小向美奈子のおっぱいに、じゃないかな、たぶん。