芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚 / 澤西 祐典 (編集), 柴田 元幸 (編集)
芥川が選んだ「新らしい英米の文芸」は,まさに当時の「世界文学」最前線であった.旧制高校の英語副読本として編まれたアンソロジー八巻より,二二の短篇・エッセイを精選.ポーやビアス,スティーヴンソンから初邦訳の作家まで,芥川自身の作品にもつながる〈怪異・幻想〉の世界を,豪華訳者陣による翻訳で堪能する.
芥川龍之介については、有名な短編作品をいくつか読んでいるだけで、決して熱心な読者とは言えません。しかし、その芥川が編纂したという短編集『英米怪異・幻想譚』の存在を知り、このジャンルが好きなオレとしては俄然興味が湧いて読んでみることにしました。
この『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』は、かつて芥川が英米の傑作短編を選りすぐって編纂した叢書『The Modern Series of English Literature』(全8巻、以下『モダン・シリーズ』)を底本としています。その中から特に優れた「怪異・幻想譚」を抜き出し、一冊にまとめられたものです。もともと『モダン・シリーズ』は英文のみで収録されていましたが、本書では現代の著名な英米文学翻訳家たちの手によって日本語訳が付されている点も、この短編集の大きな魅力と言えるでしょう。
何より驚いたのは、芥川が西洋文学を原文で読み漁るほど愛好し、深い造詣を持っていたという事実です。 あとがきにも触れられていますが、芥川と言えば『羅生門』や『藪の中』といった、純和風な王朝文学の印象が強く、彼がかつて英米文学者を志すほどの西洋文学好きであったとは、にわかには想像しがたいからです。しかも、単に王道の「純文学」ばかりでなく、本書に収録されているような「怪異・幻想譚」をも大いに評価していたというのです。あとがきで、そんな芥川と『バベルの図書館』におけるボルヘスとの対比に触れている部分も、非常に興味深く読みました。
『モダン・シリーズ』自体が1924年から1925年にかけて発行されたものであるため、本書に収録された短編作品もいわば「古典」の範疇に入ります。しかし、登場する英米作家陣は実に豪華絢爛です。オスカー・ワイルド、ダンセイニ卿、エドガー・アラン・ポー、アンブローズ・ビアス、R・L・スティーヴンソンに加え、英米恐怖小説の大家M・R・ジェイムズ、アルジャーノン・ブラックウッド、そして古典SF作家H・G・ウェルズと、まさに錚々たる顔ぶれが並びます。さらに、日本では全く認知されていない作家の作品の中にも良作が多数あり、決して作家のネームバリューだけで編纂されたものではないことが伺えます。
印象に残った作品をいくつか紹介しましょう。ダンセイニ卿の「追い剝ぎ」とウィリアム・バトラー・イェーツの「春の心臓」は、その華麗な文章の虜となりました。これは訳者の功績も大きいでしょう。ブランダー・マシューズの「張りあう幽霊」のホラーコメディ展開は新鮮でした。H・G・ウェルズの「林檎」は初めて読みましたが、さすがウェルズと唸らされました。アーノルド・ベネットの「不老不死の霊薬」の鮮烈な残酷さには目を見張らされました。
手相見の男の数奇な運命を描くマックス・ビアボームの「A・V・レイダー」には、どんどん引き込まれていきました。アルジャーノン・ブラックウッドの「スランバブル嬢と閉所恐怖症」は、一見面倒くさいおばさんが主人公ですが、ラストであっと言わされました。ステイシー・オーモニアの「ウィチ通りはどこにあった」は、優れた不条理小説として読むことができます。そして、芥川自身の作品である「馬の脚」はひたすらコミカルな作品で、このアンソロジーでも一際目を引きました。
概してどの作品もレベルが高く、怪異・幻想譚好きの読者であれば、ぜひ手に取るべき短編集と言えるでしょう。もちろん、芥川ファンにとっても、彼の新たな一面に触れることができるという点で、非常に価値のある一冊だと思います。
【収録作】
《The Modern Series of English Literature より》
身勝手な巨人/オスカー・ワイルド(畔柳和代 訳)
追い剝ぎ/ダンセイニ卿(岸本佐知子 訳)
ショーニーン/レディ・グレゴリー(岸本佐知子 訳)
邪鬼(あまのじゃく)/エドガー・アラン・ポー(柴田元幸 訳)
マークハイム/R・L・スティーヴンソン(藤井 光 訳)
明かりの道/アンブローズ・ビアス(澤西祐典 訳)
秦皮(とねりこ)の木/M・R・ジェイムズ(西崎 憲 訳)
張りあう幽霊/ブランダー・マシューズ(柴田元幸 訳)
劇評家たちあるいはアビー劇場の新作――新聞へのちょっとした教訓/セント・ジョン・G・アーヴィン(都甲幸治 訳)
林檎/H・G・ウェルズ(大森 望 訳)
不老不死の霊薬/アーノルド・ベネット(藤井 光 訳)
A・V・レイダー/マックス・ビアボーム(若島 正 訳)
スランバブル嬢と閉所恐怖症/アルジャーノン・ブラックウッド(谷崎由依 訳)
白大隊/フランシス・ギルクリスト・ウッド(若島 正 訳)
ウィチ通りはどこにあった/ステイシー・オーモニア(柴田元幸 訳)
大都会で/ベンジャミン・ローゼンブラット(畔柳和代 訳)
残り一周/E・M・グッドマン(森慎一郎 訳)
特別人員/ハリソン・ローズ(西崎 憲 訳)
ささやかな忠義の行い/アクメッド・アブダラー(森慎一郎 訳)
《芥川龍之介作品より》
春の心臓/ウィリアム・バトラー・イェーツ(芥川龍之介 訳)
馬の脚/芥川龍之介
《おわりに――澤西祐典》
《附 芥川龍之介による全巻の序文と収録作品一覧》
