軋み / エヴァ・ビョルク・アイイスドッティル (著), 吉田薫 (翻訳)
エルマが長年勤めたレイキャヴィーク警察を辞め、故郷のアークラネスの地元警察に勤め始てから間もなく、アークラネス灯台の麓の海岸で女性の不審死体が発見される。死体はクヴァールフィヨルズルに住むパイロット、エリーサベトのものだった。夫によるとエリーサベトはアークラネスを憎んでおり、なぜそこにいたのかが謎だった。エルマは過去を掘り始め、小さな港町特有の濃密な人間関係の中で、エリーサベトの死の理由を探り始める。
エヴァ・ビョルク・アイイスドッティルはアイスランドのミステリ作家だ。長編小説『軋み』はアイスランドの小さな港町で起こった殺人事件を一人の女性警官が追う、というものだが、その背後にはアイスランドという小さな島国における、狭い範囲に密集した濃密すぎる人間関係が関係しているのだ。
アイスランドのミステリ作家というと以前アーナルデュル・インドリダソンの『湿地』を読んだことがあるが、あれもまたアイスランドという国の独特さに根差した物語だった。アイスランドは北海道と四国を合わせた程度の大きさの国で、人口は約38万人、 これは日本で最も人口の少ない鳥取県の55万人よりもまだ少ない数といえる。さらに山岳地帯が多いため居住区域が限定されており、首都レイキャビクには全人口の3分の1となる13万人が住み、他には人口3万人以下の小さな街が点在している程度となる。
物語の舞台となるアークラネスはレイキャビクの北方に位置する人口7500人程度の港町だ。田舎町によくある事だが町中の人間関係は密で、誰もが顔見知りであり、お互いがその家族構成から家族の歴史まで知っている。その中で殺人事件が起こるが、被害者はこの町を嫌い他へ移転していた女性で、何かの理由により町に戻ってきたことで事件に巻き込まれる。同様に、それを捜査する主人公エルマもこの町を嫌い他へ移転していた女性で、やはりある理由から生まれ故郷のこの町に戻ってきたのだ。被害者と主人公警官が「1度は町を離れた者」という部分にこの物語のテーマが隠されている。
物語では小さな町ならではの捜査の遣り難さも描かれる。住民たちは詮索好きで、エルマは捜査の度に住民から「どうして田舎に戻ってきたのか」と聞かれ続けてうんざりする。他の警察署員は名家には気を使い過ぎ、おまけに捜査に緊張感がない。こういった、田舎町ならではの人間関係の息苦しさと悠長さにより、エルマの捜査は度々空回りすることになる。後に明らかにされる被害者の不幸な生い立ちや事件の真相となるもの、さらにエルマを苛む人間関係など、この物語の背後には「小さな田舎町の生き難さ」があり、それがひとつのテーマとなっているのだ。
ただし、なにしろ人口の少ない小さな町で起こった殺人事件なので、中盤を待つまでもなく事件の真相と犯人とがだいたい予想付いてしまうのが難だ。主人公エルマが町に戻ってきたのは失恋が原因だが、物語の間中それをずっと引き摺っているのにもうんざりさせられる。また、現在と過去の出来事を交互に描く手法が上手く描き分けられているように思えない。筋運びも凡庸であり、真相それ自体も、確かに痛ましいことではあるにせよ、特に驚愕させられるものではない。そういった部分で、悪くはないのだが平凡な出来の作品だと感じた。
