ファンタジー世界の勇者たちがダンジョンで倒したモンスターたちを料理し食べてしまう!という大変ユニークな話題作。これを読んで自分は擬似3DRPGゲーム『ダンジョン・マスター』を思い出した。このゲームではキャラクターの強さ・素早さ、持てる荷物の重さ・数量など
RPGゲームでよくあるパラメーターの他に、空腹のパラメーターがあり、キャラクターは食事のみならず水も摂らないと体力を失う。ではこの食材をどう調達するかというと『
ダンジョン飯』と同じくダンジョン内で倒したモンスターを食べることになるのだ。コミックのように調理することはないが、モンスターによって「美味さ」があり、美味いモンスターほど空腹値の回復に効果があるのである。一番美味いモンスターはドラゴンだったが、そのドラゴンが最強なのだ。また、不味いモンスターはミミズのでかいようなやつだったような気がする。手軽に倒せてよく食ったのは
ブロッコリーみたいな格好の化け物だった。だからいまだに
ブロッコリーを食うとゲーム『ダンジョン・マスター』を思い出してしまう。そんなことを連想したコミック作品だった。
■千年の翼、百年の夢 / 谷口ジロー
asin:4091792049 ※デラックス版
asin:4091868541 ※通常版
主人公である一人の日本人作家がルーブル美術館で見た幻想を描く連作短編集。作家が見る幻想というのはゴッホやコローといった画家であり、まあ着想としては平凡なのだが、これが後半第2時大戦下にナチの略奪を回避するため奔走するフランス国立美術館副局長の章に至ると俄然物語は凄みを増してくる。そして最終章の主人公とルーブル美術館との密やかな関係を描く章において物語は圧倒的な情緒のうねりを見せるのだ。主人公の見る幻想はまさにこの章へと辿り着くための予兆として用意されていたのである。それはまた、多くの芸術家たちがあたかもファウストのように今という時を永遠の中に閉じ込めようとその作品を描いていたように、主人公の魂のうちに封印された愛という名の記憶を、その永遠を、もう一度現出させる儀式でもあったのだ。芸術と、一人の男の個人的な愛の記憶をオーバーラップさせることにより、芸術とは何か、人はなぜ芸術へと向かうのかまでを考えさせる、非常に秀逸な作品であった。なおこのコミックは大判サイズオールカラーのデラックス版とモノクロ単行本サイズの通常版が発売されているので購入の際はお好みで。
■ゲゲゲの家計簿(上)(下) / 水木しげる
手塚治虫亡き今日本漫画界の至宝であり国宝であるのはまさに
水木しげるを置いて他にいないだろう。この『ゲゲゲの家計簿』は水木氏が紙芝居作家から
貸本屋作家へと転身する激動の時代に水木氏本人が付けていた家計簿を基に当時の水木氏の生活を振り返る自伝作品で、これまでにも描かれていた自伝作品とはちょっと違うユニークなものになっている。その家計簿から浮かび上がるのはなにしろ極貧の中に生きていたということ、その貧しさの中でどのように遣り繰りしていたのかという生活史であり、さらには当時の日本の庶民経済史のひとつとして読むこともできるのだ。若き日の水木氏が赤貧生活していたことは自伝で知ってはいたが、家計簿という形でそのシビアさを逐一描く、貧しさを常に意識しながら生きていた当時の水木氏の心境にまで迫ることができる作品になっていて面白い。
■みずほ草紙(2) / 花輪和一
日本の中世を舞台に人間の業と救済を超自然的な現象を通して描く
花輪和一漫画第2巻。花輪は完膚無き絶望と究極の救済の間で振り子のように揺れ動く人間存在をテーマとして描くが、ここでもそのテーマはどこまでも追及される。花輪はここで善意と無垢の者に対して言及し、そして決して消えない愛情の記憶を描く。これはこれまでの花輪漫画がさらに深化してゆく過程に思える。作品によって微妙なテーマのブレを感じるが、それでも花輪の放つ
アレゴリーは漫画界唯一無二の透徹した切れ味を見せるのだ。そして
下司な人間のとことん
下司な有様を描くとこれがまた臓腑を抉るほどに上手い。いつものように花輪漫画は強力無比の暗黒光線を発するのだ。
古代ローマの
博物学者にして艦
隊司令官
プリニウスの足跡を辿る歴史コミック。この第2巻では繁栄と汚濁の中にあるローマの生活をクローズアップ、そして
プリニウスと時の皇帝ネロとの関係が語られる。暴君として知られるネロだがこのコミックでは自分の望まぬ人生を生きざるを得ないやさぐれたおっさんとして描かれるところが面白い。あと新キャラのハゲのおっさんが強い。ただどうもキャラの顔が区別がつかず時々混乱する。物語は
プリニウスという中心から逸れてきているように思えるが、あくまで彼を
狂言回しとして当時のローマを活写するというドラマに変化してゆくのかもしれない。
居酒屋で偶然出会った高校時代の恩師である教師とその教え子であった女性との、親子のような友人のような恋人のような淡い心情を描く文芸コミック。朴訥な教師と物静かな女性との淡々としたやりとりが独特の空気感を生む物語だが、その情緒は淡白過ぎてどこかリアリティが薄く、むしろその非現実的な距離感のあり方をひとつのフィクションとして読む物語なのだと思った。だがその距離感は終盤において突如縮まり、そして二人の関係も濃厚なものと化す。自分はこの転調のあり方にどうもとまどってしまい、一見淡白な人たちのその内実は容易に判らんもんだ、と人生の深遠のひとつを覗いたような気になったのであった。
『
聖☆おにいさん』もそろそろネタ切れしてきてるなあ、と随分前から思ってましたが、そのせいか分かり難いネタも多くなってきている気がするなあ。このネタ切れをサブキャラの補填でなんとか持たせてるよね。でもそれはそれで面白いから、一回主人公の二人を抜かした番外編みたいな話に行ってもいいかもなあ。
奥浩哉のコミックもCGのおかげでなんだか絵的な凄さは感じさせるけれども、物語のパワーはもう全然ないなあ。この漫画も「いじめられっ子が窮鼠猫をかむ」という少年コミックでよくある展開の爺さん版でしかなくて、爺さんロボットでほぼ無敵だから一般人と戦っても勝つのが当たり前でさ。さっさとこの間のロボット兄ちゃんみたいな敵役を充実させてください。